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社殿の小修理工事を終えて気づくこと
 かねて申請中の社殿床下の補強工事が今年の「指定文化財管理事業」中の小修理として認められて、過日工事が終了しました。下図は床材をうける際根太(きわねた)が腐食していて、束石(つかいし)へのかかり部分が特に腐食している状況を示しています。

腐食はシロアリといった急性のものではなく、かなり前からのもので「キクイムシ」によるものでないかといわれています。当社社殿は昭和38年頃に半解体修理工事が行われていますので、その当時にこうした状態ならば修理がおこなわれていたことでしょう。その後に生じた腐食として考えられるのは、平成4年3月に梯川第二排水機場が完成するまでは、しばしば、隣接する農業用水路からの溢れ水によって社地が浸水していたことです。昭和39年から平成4年までほぼ30年間そうした状況が続いていましたから、その間に生じた腐朽と推定されます。
 さて、文化財建造物の小修理では、出来るだけもとからの材を保存しつつ修理を行うのが鉄則です。この場合も文化庁係官からの指導をうけて修理方法がねられました。まず、腐食した箇所を剥ぎ取ります。下図は2段に剥ぎ取った様子を示しています。

 この剥ぎ取った部分にはぎ木処理をして、それに束を新たにたててささえます。そうして防腐処理をして、修理完了したのが下記の状況です。


 この修理過程で判明したことは、床下に使用されている材は「ヒバ材」であることです。ヒバはカビや雑菌に対する抗菌性があり、よく水湿に耐えることから床材に使用される材ですが、当社の創建に際してもこのヒバ材が使用されていることがわかりました。小修理に使用された材もおなじくヒバ材です。
 当社創建の棟札もヒバ材を使用して、創建の由緒が創健者名(加越能三州使君従三位兼行肥前守菅原朝臣利常)および大工名(入唐自横山喜春十七代山上善右衛門尉嘉廣)共々記されています。床材に大量に使用されたヒバ材ですが、創建当時どのようにして入手したかについて修理を担当した大工さんともどもしばし話題になりましたが、今後の課題です。
 もうひとつわかったことは、境内の浸水はやはり文化財はじめ建造物の耐久性にとって大敵であることです。本ブログ6月2日の記事「内水排除方針と浸水箇所」で説明しましたように、河川改修後の輪中堤内における排水処理が如何に大切かを改めて認識させられます。

author:bairinnet, category:神社の歴史, 06:18
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