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世界の冬至線上の配置(1): 5000年前に建立のニューグランジ遺跡
 当社の冬至線上の社殿配置にちなみ、世界の同種の事例を不定期に紹介していきます。観光旅行などで世界を訪れる参考にしていただくと共に、人類共通の遺産キーワードである「冬至」に対する多様な事例への理解を深めていただければ幸いです。
 今回ご紹介するのは、ギザのピラミッドよりも500年前、イギリスのストーンヘンジよりも1000年前といいますから、現在よりも5000年前に建立されたアイルランドの首都ダブリン近郊にありますニューグランジ遺跡です。ニューグランジはボイン川流域にある遺跡群の中で最も有名な遺跡で古代の宗教的施設でないかと考えられています。面積1エーカー(4047平方メートル、1224坪)の腎臓型をした古墳であり、97個の縁石によって底辺が形づくられています。下図はその全体風景です。

上図の手前正面に見えます入口からはまっすぐに19メートルの内部通路が通り十字架状の部屋に通じています。この入口から内部の部屋まで冬至の日の出が差し込むことを発見したのは、アイルランドの考古学者 Michael J. O'kelly教授です。1968年12月21日(冬至の日)オケリー教授は冬の最中の朝日が古墳に差し込むとの地元に伝わる伝説を、この入口から内部部屋に差し込む様を見つけることで確認しました。教授の推察によると「ニューグランジを建設した人々は単に墓としてでなく、死者の家、特別の人々の精霊が長期間にわたって住むための家として建立した。このことを保証するために、建設者達はこの墓が完全に乾燥状態に保たれる、そして現在もその状態が維持されている、ように細心の注意を払って建立している」と。ではなぜ冬至の日の出なのでしょうか?それは、疑いもなく新しい年の始まりを表示するためであり、また、死に対する生の勝利の強力なシンボルを表しているのでは推察されています。下図は差し込む様子の示しています。

この遺跡は一般に公開されていますが、毎年の冬至の日にこの内部部屋に入ることの出来る人の数は限定されていて、抽選にて選抜されます。2010年の抽選には25349人が応募しました。2011年冬至の抽選は9月30日に地元の学校に通う子供達によって行われ、当選者は10月中旬までに通知されます。50人の当選者が決められ、各当選者は1名の同伴が認められます。冬至の前後を含めた毎朝、10名の当選者と同伴者が内部の部屋に入り差し込む様子を見学出来るということです。
 ちなみに、この遺跡の近くには、名誉革命によって王位を追われたイギリス最後のカトリック王であったジェームズ2世がフランスのルイ14世の支援を得てアイルランドに上陸し、名誉革命後に王となったウィリアム3世との間で行われたボイン川の戦いの戦場があります。ちなみに、このジェームズ2世とアラベラ・チャーチルとの間の子供の子孫がスペンサー伯爵家と婚姻を行い、その家系からダイアナ妃が生まれています。過日、結婚されたウイリアム王子の誕生時には、294年ぶりにジェームズ2世の血統がイギリス王室に帰ってきたと話題になりました。
 なお、上記の写真の掲載を許可いただいたNewgrange.comのマイケル フォックス氏に感謝します。
author:bairinnet, category:冬至, 04:08
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