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梅花咲きそろう中での春祭りの献花

 今年は御祭神の菅原道真公が大宰府にてお亡くなりになられた延喜3(902)225日(旧暦)より数えで1117年となりますが、明治の改暦より、当社の春祭りは325日に斎行されています。

 菅公は生涯に多くのお詩を詠まれていますが、菅公5歳の時の和歌が伝えられています。これは紅梅をよまれています:「うつくしや紅の色なる梅の花 阿呼(あこ)が顔にもつけたくぞある」。 代々文章博士を輩出した菅原家をはじめとする平安知識人の家では、一般に数えで67歳頃から読書し、9歳頃から漢詩をつくりはじめていたといわれます。菅公最初の作詩は11歳の時、「月夜に梅花を見る」と題する五言詩です:「月の輝くは晴れたる雪の如し、梅花は照れる星に似たり・・・」と詠まれていますから、白梅を詠んだ詩です。

 参道沿いに紅梅白梅咲きそろう325日に当社の春季例祭式典が斎行されました。

 

 

 

 ご神前には小松天満宮奉賛会、小松天満宮十五社会氏子中をはじめとする崇敬者各位よりのお供えが飾られ、また、古流柏葉会小松支部の方による時の花をしつらえた応用華が飾られました。左上方に伸びるように活けられているのが真(天に対応)の枝、それと釣り合うように右手前にあるのが流れ(人に対応)の枝、共に花材はレンギョウです。天の気をうけての新たな命の鼓動をあらわす受け(地に対応)の枝には椿が左下方に活けられています。中央に真っすぐに活けられているのが真前(しんまえ)ですが、君子蘭です。君子蘭は東洋画の画題として使用される四君子の一つで春をあらわす草木であり、花言葉は「高貴、誠実」です。摂関家の専横を防ぎ,能力ある人材登用を進めた宇多天皇・法皇の意を挺して努力され、無実の罪にて左遷された太宰府にてお亡くなりになられた菅公のお人柄をも偲ばせる献花です。

 

 

 

author:bairinnet, category:祭典・行事, 19:34
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