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平成28年夏祭りの斉行

恒例の夏祭りが84日に斉行されました。午前10時より筆塚の前にて筆供養祭が執り行われました。

 

 

 

 江戸時代に官学としての朱子学が主として士分階級に学ばれましたが、江戸時代中期以降、朱子学にとどまらず、国学や洋学への関心が高まると共に、一般大衆への学問需要が高まり、当社においても江戸時代後期から寺子屋が開設されました。庶民子弟への読み書きの学習に不可欠の筆と手習い紙への感謝を込めて、筆供養が開催されるようになり、現在にいたっています。現存の筆塚には降神の儀に使用される筆型石碑は、明治12年に作成されたものですが、五言句が彫られています。「天心梅花」と一文字読めない字があります。

 

 

立か在か長らく確定しませんでしたが、本年春3月に茶道宗和流教授の室木宗美殿(七尾市中島町)がお弟子さん共々来社され、宗和流12代家元辰川宗弘殿による軸装された拓本を持参されました。「天心在梅花」と書かれており、これにて「在」であることが確定いたしました。

藩政期に当社宮司家梅林院にて宗和流茶道が伝えられていたことのご縁であることと思われます。室木殿からは、記念の和歌をいただきました。

 「たまわりし縁(えにし)に集う筆塚に 梅咲きて香る梅林院は」

 

 ひきつづき当社の国指定文化財社殿・神門の維持管理にご尽力頂いています当社奉賛会員の恒例の祈願祭が神殿にて、奉賛会員名簿及び物故奉賛会員名簿をご神前に奉読して斉行されました。式典後に永年会員表彰式と記念撮影も斉行されました。

 

 夏祭りの納めは、小松天満宮持宮地域14社地域の日清日露戦役から大東亜戦争に至る間に亡くなられました181柱の戦没者各位の御霊をおなぐさめする戦没者慰霊祭が斉行されました。戦没者各位は公務として、地域の代表として出征されました。神道においては、お亡くなりに成られたお身体は大地にかえられますが、魂は神の御許に帰られると共に、なつかしい古里近くから後につづく方々を見守って下さると信じられています。たとえ直接の御子孫方々がおられなくても現在を生きる私共が戦後平和の礎になられた御霊に感謝と慰霊の誠をささげるのは大切と、本年も各社総代各位ともども無事斉行させていただきました。

祭典では、戦没者各位の生前のお名前を奉読させていただきますが、戦没者名簿には、お亡くなりになられた戦役名や場所等が判明のつど書き足されています。そこから判明することもあります。14社地域の一つでありますK町のお社の社号額は明治神宮宮司を務められた一戸(いちのへ)兵衛陸軍大将が大正時代に揮毫されたものです。一戸大将のお孫さんには、昭和1511月からスウェーデン公使館付陸軍武官として終戦までスエーデンにとどまり、陸軍参謀本部にヤルタ会談でのソ連の対日参戦決定などの重要情報を送った小野寺 信大佐(後に少将)の奥様の小野寺百合子さんがいます。戦争中は夫の小野寺大佐の入手された情報を暗号に変換して送信する役目をはたされ、戦後は、児童文学として有名なムーミンシリーズの翻訳をされた方です。小野寺夫妻のことは、祭典の数日前にもテレビで放映されましたのでご覧になった方々も多かったと思います。

どうして一戸大将が揮毫されたのかは不明でしたが、K町の戦没者名簿の中に、日露戦争にて戦死された方がおられます。日露戦争では、金沢駐屯の第9師団に属する歩兵第6旅団(指揮官が一戸陸軍少将)が激戦の旅順攻囲戦において、日本軍において唯一の堡塁を占領する武勲をあげています。無事生還された一戸旅団に属する方からの依頼にて揮毫されたものと推定されることが判明しました。

 夏祭りのご神前には、古流柏葉会の小松支部の方により、天は円、地は方をかたどった創作花器に応用花の献花が奉納されました。天に向かって直立するニュウサイランの葉に、初夏から夏にかけて葉の大きくなる木苺の葉が添えられ、リンドウとケイトウの花が彩りを添えている、御霊迎えのお道を飾るにふさわしい献花でした。

 

 

author:bairinnet, category:祭典・行事, 10:53
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