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小松城と鬼門
 今年の春分の日(3月21日)はあいにく曇り空であったが、今日3月23日の午前6時20分頃には小雪降る中、東の空に太陽が顔を出したので早速、小松城の天守台に登ってみた。なぜ春分の日かといえば、この日には太陽が真東から昇るからである。ちなみに小松城天守台上部には、以下に示すように国土地理院の2等三角点が設置されており、2等三角点を記す石標には真北ー真南と真東−真西の印がついている(この写真では上方が真東の線をあらわしている。。

 ちなみに、この2等三角点の緯度経度を国土地理院の三角点情報表示で調べて、国立天文台の暦計算ソフトで計算してみると、春分の日の日の出は5時57分で日の出の方位は真北から89.4度と、小松城天守台からみるとほぼ真東から上がる。今日、3月23日の日の出は5時54分で日の出の方位は88.4度と真東からはやや北によっている。以下に示す写真は、6時43分頃の太陽であり、方位は真北より95.6度と太陽高度が高くなると共に真東よりやや南にずれている。

太陽の下方にみえるのは県立小松高校の体育館である。ちなみに、小松城天守台は小松高校の敷地内にある。明治維新後の小松城取り壊しの最中に、ここに2等三角点を設置すべく努力した先人と小松高校の敷地内にあるお陰で現在まで、天守台が保存されてきたといえる。
 さて、小松城と鬼門というタイトルであるが、「新修小松市史、資料編1」には、小松城築城にあたった穴生石工の後藤家文書「唯子一人傳」に記す鬼門を避ける文言が紹介されている。すなわち、「方角の見様郭の正中に磁石置き見ることなり。これは鬼門を見る為なり。石垣の角鬼門に向ひ候はば右か左江角よせ鬼門に向ひ申さずように心得べし、押事一向ならず命にたたり有るなり」。磁石を用いて鬼門(丑虎方位、磁北より45度プラスマイナス7.5度)を避けるように石垣の角をつくれ、とある。
以下の写真中の赤丸部分は小松城の鬼門鎮めとして建立されたといわれる小松天満宮の森を示しており、黄色丸部分は天守台の石垣の角である。天守台2等三角点からみた小松天満宮の社殿の方位角は真北より48ないし49度に位置している。鬼門方角にあることを確かめるには、小松城と小松天満宮の創建当時の偏角(真北と磁北との差異)の値を知らねばならない。詳細な議論は略して、およそ、小松天満宮創建年(1657)当時の偏角は東偏5度から8度とみられるから、天守台からみた小松天満宮社殿の方位は磁北から40度から44度となるので、鬼門方角にある。黄色丸でしめした石垣の角は真北より60−70度であるから、古文書に示すように鬼門を避けるように建立されていることがわかる。

author:bairinnet, category:小松城, 08:46
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