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平成28年春季例祭の斉行と古流柏葉会の献花
 御祭神の菅原道真公が太宰府にお亡くなりになられた延喜3年(902)より1114年目の3月25日に春季例祭が斉行されました。縁の北野天満宮では新暦下でも2月25日に「梅花祭」として斉行されていますが、当社では改暦以降、1ケ月遅れで斉行されています。今年は、大晦日に紅梅が開花しましたが、その後、2月に入って寒い日が続いたこともあって梅園の開花時期が長く3月中頃まで梅園の開花が楽しめました。下図は3月5日の梅園の一風景です


 
春季例祭式典には、地元の古流柏葉会の会員の方により「応用花」が献花されました。

 
 
 応用花は生花と自由花の中間の花型ですが、献花は神前に向かって右側(東側)に置かれますので、左勝手に生けられています。左上方に伸びるように生けられているのが真(天に対応)の枝、それと釣り合うように右手前にあるのが流(人に対応)の枝、共に、花材は黄金ヒバです。天の気を受ける受(地に対応)の枝には椿が左下方に生けられています。中央に真っ直ぐに生けられているのが真前ですが、山桜と菊です。受の埋(うづみ)には椿の花が根元近くの中央に生けられています。
 各地各社で斉行されます春季例祭には五穀豊穣を祈念いたしますが、春祭りはまた田の神様をお迎えする季節でもあります。秋の収穫後に田の神様は山に帰られて、春になると再び田に戻られるといわれます。古代の稲作民には、この田の神様の顕現が山桜で表象されていると思われていたようです。山の端の遠い梢に咲く花(桜)に春の到来を感じ取った歌が、万葉集巻第10の春の雑歌に詠われています:

 うちなびく春さり来(く)らし 山の際(ま)の

     遠き木末(こぬれ)の咲き行く見れば


 
  また、椿の花といえば、民俗学者(その前身は農林省の有能な官吏)の柳田国男が「北国の春」で書いていることを思い出します。椿の花はもともと北国に自生していたものではなく、南国の文化(典型的には鉄器や稲作文化)を北へ北へと運んでいった開拓人により持ち運ばれたものであろうということです。
山桜も椿の花も共に開墾地での五穀豊穣を祈念する春祭りに縁のものであり、新入学の学び子や就職して新社会人となる青年諸氏等が新天地で学び心を涵養して元気に成長していってほしいとの願いにもふさわしい献花でした。
 
 
author:bairinnet, category:祭典・行事, 15:14
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