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夏祭り3神事の斉行と彩流華の献花
 立秋を間近に控えるとはいえ、連日猛暑のつづく8月4日に当社の夏祭り緒行事が斎行されました。午前10時より東参道沿いの筆塚前にて筆供養祭が執り行われました。
  明治維新後に小学校が開設されるまで当社において寺小屋が開設されていました。当社周辺地域の子ども達の通学する「稚松小学校」が明治15年に「能美郡町村立稚松小学校」として開設されるまではこの寺小屋はつづいていたと推察されます。寺子屋において 一に筆の労に報い、二に筆道の上達、三に学業成就を祈願して、筆塚を建てて廃筆を納める習わしが生まれました。子供達の使い古しの廃筆などを忌火にて燃やし天神様に習い事の上達を祈願する神事です。
  全国的に各社等で筆供養祭が行われています。他所の筆供養祭は「筆塚」とかかれた立派な自然石の前にて神事が斎行され、その側にて筆を焼いて供養される祭典が多いようです。当社の筆塚は、使い込まれた筆や書き損じの天満書きをお焚きあげする「筆塚」とその側に筆形の石碑(いしぶみ)が対になって存在します。



 この筆型の石碑は明治十二年三月の年月日と共に石工「金城 由野左兵衛」の名前が刻されています。この筆型石碑を依代(よりしろ)に降神の儀がおこなわれて神事が斎行され、「舞錐(まいぎり)」という神事用の発火器から点火された忌火により廃筆や書のお焚き上げがされます。
  当社の筆供養祭は、戦後しばらく中断していましたが、昭和40の当社夏祭りに、今はなき加藤石州師が当時の宮司と共に再興されました。加藤師の主宰する書道団体は「筆正会」といわれるもので今もゆかりの書家の方や生徒さんらが参詣されます。本年は昭和でいうと昭和90年ですから、昭和40年からは50年目にあたり、にぎやかに復興50回目の筆供養祭が斎行されました。
ひきつづき神殿にて二つの式典がとりおこなわれました。第一は、奉賛会員祈願祭です。当社は加賀藩三代の前田利常公により建立の神社ということもあって広域崇敬神社ですが、文化財保護への公的補助をうける団体としても、宗教法人法にもとづく諸行為(建物改築等)のためにも、信者名簿を備えておく必要があります。そのため、昭和33年に、広域崇敬者の代表者組織として「小松天満宮奉賛会」が結成され、毎年、この夏祭り時に、物故会員の御名と現会員の御名をご神前に奉唱しての奉賛会員祈願祭が斎行され、本年も斉行されました。式典後に永年会員の表彰式も執り行われました。長年の河川改修事業対応にも大過なく対処できていることは、この奉賛会の継続的ご支援のたまものといえます。

  昼過ぎからは、小松天満宮持宮地域戦没者慰霊祭が斎行されました。当社では、昭和27年5月3日に、「平和締結奉告祭」が斉行されました。当社宮司が宮司を兼ね務めます十四社のご祭神を当社社殿にお招きして、各社の氏子総代共々に「先の大戦に破れ、多くの若き命を断ちてより六年の歳月を経て去る四月二十八日に平和条約締結に 至りし事をご奉告し、神々の御心に添い奉りて人々相助けて新しい国作りに努力するは、御祖の霊、従軍せし戦没者の霊、吾等が子孫の霊に対する酬と勤め教うる道」であるが故に、憲法発布記念の日に祭典を執行したものといわれています。
  平成15年に、この「平和締結奉告祭」の時にまとめられました戦没者(十五町176名)の名簿が社務所資料箱よりまとまって発見されされました。戦没者各位は、戦後日本の平和の礎になられた方方であるとの観点から、地域の神社総代会において連綿と戦没者慰霊祭が継続斎行されていました。また、前述の「平和締結奉告祭」の「酬(しゅう)」の対象に「子孫の霊」があります。戦没者の御霊をお迎えして、平和の礎になられたご労苦に感謝の意を表し、新たな国作り・郷土づくりに努力していくことへのご加護を祈願するは、これからの日本・郷土を背負っていく子孫に酬いることにもなる、との考えから、総代各位とも相談して、以後、毎年この夏祭り時に戦没者慰霊祭を斎行することとなり、本年も無事斎行されました。式典後の直会では、昭和9年生まれの総代さんはじめ戦前生まれの総代各位の戦時中の思い出話をおききすると共に、献饌の地元銘酒(冷酒)のお下がりをおいしく頂きました(車でこられた方方にはご遠慮していただいてノンアルコールをおすすめしましたが)。斎主を務めた宮司より、今年は例年にない猛暑のもとでの神事のために、狩衣の下にはさみこんでいた戦没者慰霊祭の祝詞の一部が汗で読めなくなっていて一瞬驚いたものの、脱落した箇所を補って無事奏上できましたが、こんなことは初めてでしたとの神事秘話の披露がありました。
 
  この夏祭りの神殿には、地元の古流柏葉会の会員の方により、彩流華「風の華」の献花が供えられました。彩流華とは、加賀藩江戸屋敷ともゆかりの華道古流の三代、四代家元の蒐集した古文書や作品集、伝承・口伝を継承する樹心院・華林の生け花です。 
 
 
 
 
 「風」は五行では「木」にあたり、木には陽の木と陰の木がありますが、花材は「椿」ですから、陰の風が大きく舞い降りてきている風情です。生けていただいた方にお聞きしたところ、陰の風をあらわす椿の枝が8本右回り(献花に向かってだと左回り)に生けられ、下部に2本の椿の枝が左回り(献花に向かってだと右回り)に生けられているとのことです。夏祭り斉行の3つの神事は共に、筆に感謝の心を、ご神恩への感謝の心を、また、戦没者のご労苦が戦後日本の平和の礎になっていただいていることへの感謝の心、と感謝の心が中心になっています。感謝の心は陰徳につながり、感謝の心は新たな発展の礎ともいわれます。この観点で彩流華「風の華」を拝見しますと、内に秘めた陽の葉(風)は、この新たな発展の芽生えととらえられます。感謝の心を糧にして、新たな人づくり・家庭づくり・地域づくり・国づくりへの発展を祈願する神事にふさわしい献花といえます、
 
author:bairinnet, category:祭典・行事, 05:00
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