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学際科学に親しむ(2):生き物と人間の社会的意思決定

 数年前に小松天満宮の梅園の梅の木に、ミツバチの分蜂群が出現しました。

 
 
    
 
 ミツバチの巣に新しい女王ばちが誕生すると、それまでいた女王蜂は巣を新しい女王ばちに譲って、数千匹ともいわれる手下の働き蜂と共に新しい巣に引っ越します。その際、新しい巣の適地をさがすための一時の仮の宿となっているのが、この画像の白線内の状況なのです。数日間このような状態で、働き蜂は適地を求めて飛び回り、よいと思われる適地を見つけると、この仮の宿に戻ってきて、ダンス(周回運動)により他の蜂に自分の見つけた巣候補地のアピールをするのです。自分の選好の程度は、周回運動の回数と強さによって表現され、よいと思えば、回数が長くなり、また、強い周回運動をしてアピールします。こうして働き蜂が見つけ出した候補地の中から、分蜂群の集団的意思決定により、一番よい候補地がみつけられて、一斉に飛び立っていき、画像のような状況は数日後には跡形も無くなっているのです。
 ミツバチの種群の生存は、一匹の女王ばちと雄蜂の生殖行動によって確保され、それを支援するのが数的には最も多い働き蜂です。この女王蜂が死んでしまえば、種群の生存は不可能になりますから、新しい巣を見つけて生殖行動を実施することがミツバチ種群にとっての最重要の課題となります。時間をかけて意思決定をしていたのでは、種群全体が飢え死にしてしまいますから、効率的に意思決定をして新しい巣を見つけねばなりません。こうしたミツバチの意思決定の仕組みは、トーマス・シーリー著、「ミツバチの会議」などによっても紹介されています。
 
(2)人間社会の意思決定モデルとの比較
 
 それでは、このミツバチの意思決定の仕組みは、人間社会の社会的意思決定に有用な知見を提供してくれるのでしょうか?
 ノーベル経済学賞を受賞した米国の経済学者ケネス・アローは、民主社会における社会的意思決定ルールの満たすべき必要条件として四つの条件を挙げています。第一(広範性の条件)は、社会を構成する人々の表明する選好順序がどのようなものであっても、それにもとづいて社会的意思決定を行いうる、という条件です。第二(パレート原理)は、任意の二つの社会状態x、yに対して、全ての人がxの方がyよりもよいと選択したなら、社会的選択も同様の選択をするというもので、これも常識的な条件です。
第三は「関係しない代替案からの独立性」条件であります。今、代替的社会状態の集まりが二つ(x、y)あり、x、yに関する全ての人の選好が同一(xをyより選好)であったとしてみます。この時、第三の代替的状態zを導入して、選択しうる社会状態の集まりを三つに拡張しても、xとyに関する社会的選好結果(xをyより選好)はzによって影響を受けてはならない、というものです。
第四は非独裁制条件であり、社会的選択においては独裁者の存在を許してはならないという条件です。これも民主的意思決定には必要不可欠の条件であります。アローの結論は、この一見妥当な四条件を満足する社会的選択ルールは存在しないというものです。
この社会的選択論とニホンミツバチが見せる、新しい巣への移動に伴う見事な集団行動とのかかわりはどうでしょうか。ミツバチは巣から一定距離以内ではあるが、その範囲内で、巣になりうるどんな場所についても、好ましいと思えば仮巣に戻ってきて報告し、その報告が何であっても、最終的に分蜂先の集団的意思決定に成功していますから、広範性(第一)条件を満たしています。また、分蜂の刻々変化する形状を経て、最終的に皆の意見が一致した時に新たな巣に飛び立っていくので、第二と第四の条件も満たしているとみなされます。
 問題は第三条件です。この条件も満足させなければならないとしたら、分蜂群の集団的意思決定は観察されません。働きハチが蜂球内を動き回って(一種の足による投票)合意形成を図り、集団的意志決定に成功しているとしたら、第三条件は満たされないはずです。
実際、ヘブライ大学昆虫学部のSharoni Shafir らは、西洋ミツバチを用いた異なる蜜源間の選好実験により、この第三条件が満たされないことを報告しています。
 
(3)ミツバチの集団的意思決定から学ぶこと
 
 ミツバチの分蜂先を決めるのは、ある特定の分蜂先への支持が多数になったときに一斉に飛び立っていく、多数決によって決めているのでしょうか? 多数決で集団(社会)の意思決定を行うのは、先ほどのアローの4条件を満たしません。それをみるために、今、社会が3人からなり、代替案が3つ(x,y,z)ある場合を考えて見ます。個人1の3代替案の選好順が xがyよりよく、yがzよりよい、とします。個人2の選好順が yがzよりよく、zがxよりよい、とします。個人3のは、zがxよりよく、xがyよりよい、とします。この時、(x、y)との投票では、個人1と個人3が賛成で多数ですから、社会的には xがyよりよいとなります。(y、z)では、yの方がzよりよいとなり、(x、z)では zがx よりよいとなります。結果として、この3代替案の中で社会的に最もよいとされる案を決めることが出来なくなり、多数決ルールは、アローの第一条件を満たさなくなります。
 人間社会の多数決では、多数決で決め得た場合でも、負けた敗者の無念はいつまでも残ることがあります。これに対して、ミツバチの場合は、各所から帰ってきた働き蜂による周回運動が繰り返される過程で、劣勢の候補地を推す働き蜂の周回運動は弱くなり、最終的に「勝者総取り」の形で分蜂先が決定します。それゆえ、敗者の無念は存在しない形で集団の意思決定がなされているとみなせます。敗者の無念が残るのは、意思決定参加者の代替案に対する選好が社会的意思決定の過程で変化しないことにあります。

 これらを踏まえて、前褐の「みつばちの会議」はミツバチの分蜂群意思決定から学ぶ智恵として、「多様な解答をさぐる」や「集団の知識を議論を通じてまとめる」などを揚げていますが、これは意思決定参加者の代替案に対する選好が議論を通じて変化していくこと、また、変化していくような実りある議論過程の重要性を示しています。
 

 
 

author:bairinnet, category:科学に親しむ, 05:26
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