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ニュウグランジ遺跡よりの冬至の便り
 今年5月12日の本ブログでも紹介しました世界最古の冬至の日の出線の世界遺産遺跡でありますアイルランド共和国にありますニューグランジ遺跡のM.フォックス氏より、今年の冬至はじめの日の出の画像が送信されてきました。ご関心の方は、5月12日の本ブログ紹介と共に、下記のサイトをご覧下さい。

 http://www.newgrange.com/winter-solstice-2011.htm

 
 事前の抽選を経て招待される50名+各1名の同伴者の方々が冬至の前後数日間に、遺跡の中に入り、冬至の日の出が洞窟内の奥まで差し込む様子を確認出来ることとなっていますので、今回お知らせいただきましたのは、公開日初日の様子と思われます。我が国の代表的な冬至の日の出線であります伊勢神宮の五十鈴橋は表日本の気候のよい地域に立地していますが、このニューグランジ遺跡も天候にめぐまれた地域に立地しているようです。
 ひるがえって、当社の場合は、これまでのところ、本ブログで紹介しましたように、12月14日の日の出だけであり、その後、すべて曇天のため日の出は観測されていません(明るい日の出が観測できましたのは、師走の31日でした)。このことを考えますと、冬至の日の出にあわせて当社の社殿配置を決められるまでに、かなりの年数を要したか、ないしは、独特の方法で冬至の日の出の位置を推定したものとおもわれます。

後書: フォックス氏のメールでは、今年のニューグランジ遺跡も日の出が観察されたのは12月18日のみで後はすべて曇天であったようです。当社も日の出が観測されましたのは12月14日だであり、その後、冬至はもとより連日が雨ないし雪模様の曇天日ばかりでしたが、久しぶりに本日は日の出からしばらくたってでしたが明るい太陽の日の光が境内はもとより郷土の大地にふりそそぎました(平成24年大晦日の朝)
author:bairinnet, category:冬至, 18:29
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世界の冬至線上の配置(1): 5000年前に建立のニューグランジ遺跡
 当社の冬至線上の社殿配置にちなみ、世界の同種の事例を不定期に紹介していきます。観光旅行などで世界を訪れる参考にしていただくと共に、人類共通の遺産キーワードである「冬至」に対する多様な事例への理解を深めていただければ幸いです。
 今回ご紹介するのは、ギザのピラミッドよりも500年前、イギリスのストーンヘンジよりも1000年前といいますから、現在よりも5000年前に建立されたアイルランドの首都ダブリン近郊にありますニューグランジ遺跡です。ニューグランジはボイン川流域にある遺跡群の中で最も有名な遺跡で古代の宗教的施設でないかと考えられています。面積1エーカー(4047平方メートル、1224坪)の腎臓型をした古墳であり、97個の縁石によって底辺が形づくられています。下図はその全体風景です。

上図の手前正面に見えます入口からはまっすぐに19メートルの内部通路が通り十字架状の部屋に通じています。この入口から内部の部屋まで冬至の日の出が差し込むことを発見したのは、アイルランドの考古学者 Michael J. O'kelly教授です。1968年12月21日(冬至の日)オケリー教授は冬の最中の朝日が古墳に差し込むとの地元に伝わる伝説を、この入口から内部部屋に差し込む様を見つけることで確認しました。教授の推察によると「ニューグランジを建設した人々は単に墓としてでなく、死者の家、特別の人々の精霊が長期間にわたって住むための家として建立した。このことを保証するために、建設者達はこの墓が完全に乾燥状態に保たれる、そして現在もその状態が維持されている、ように細心の注意を払って建立している」と。ではなぜ冬至の日の出なのでしょうか?それは、疑いもなく新しい年の始まりを表示するためであり、また、死に対する生の勝利の強力なシンボルを表しているのでは推察されています。下図は差し込む様子の示しています。

この遺跡は一般に公開されていますが、毎年の冬至の日にこの内部部屋に入ることの出来る人の数は限定されていて、抽選にて選抜されます。2010年の抽選には25349人が応募しました。2011年冬至の抽選は9月30日に地元の学校に通う子供達によって行われ、当選者は10月中旬までに通知されます。50人の当選者が決められ、各当選者は1名の同伴が認められます。冬至の前後を含めた毎朝、10名の当選者と同伴者が内部の部屋に入り差し込む様子を見学出来るということです。
 ちなみに、この遺跡の近くには、名誉革命によって王位を追われたイギリス最後のカトリック王であったジェームズ2世がフランスのルイ14世の支援を得てアイルランドに上陸し、名誉革命後に王となったウィリアム3世との間で行われたボイン川の戦いの戦場があります。ちなみに、このジェームズ2世とアラベラ・チャーチルとの間の子供の子孫がスペンサー伯爵家と婚姻を行い、その家系からダイアナ妃が生まれています。過日、結婚されたウイリアム王子の誕生時には、294年ぶりにジェームズ2世の血統がイギリス王室に帰ってきたと話題になりました。
 なお、上記の写真の掲載を許可いただいたNewgrange.comのマイケル フォックス氏に感謝します。
author:bairinnet, category:冬至, 04:08
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再び冬至の日の出について
  当社の冬至の日の出は、神門から本殿方向に差し込んできますが、本殿近くからこの現象を
見ることは現在できません。もともと本殿脇には井戸を覆う小さな小屋があるのみでしたが、戦後、
その場所に神饌所などが建設されたためです。将来的には、本殿近くから観察できるように改築したいのですが、河川改修によって堤防の高さが40センチほど増加することにより、冬至の日の出の入射時間がどの程度短縮するか(かなり短縮することは概算で判明していますが)の検討にこの建物が役立っています。冬至の日の出の入射する角度等を肉眼で直接測定することは困難ですが、入射光が建物に反映する様をみて太陽の動きや入射角度を観察することはできます。こうした現場での観察と理科年表記載データ等を使用した太陽の位置計算公式により種々の検討が可能となりますが、この建物はこうしたことに有効な働きをしていますので、冬至候の日の出は本ブログ記載の画像のような位置からご覧下さい。
author:bairinnet, category:冬至, 12:02
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冬至の日の出と伊勢神宮の五十鈴橋
 今日の冬至の朝はあいにくの曇り空でしたが、それでもご夫婦の方と近くの整形病院に長崎県から入院されている方が冬至の日の出がみれないかと参詣にこられました。前にも書きましたが、冬至を境に太陽は北向しはじめます。実際は地球が太陽の周りを回っているのですが、地上からみると天球上を太陽が回っているように見え、冬至を過ぎると再び北半球の方に太陽が巡ってまいります。行った道を戻ってくるように見えますから、冬至の日の出はしばらくの間、ほぼ同じ方角から登ることになります。今日お見逃しの参詣者各位も初詣頃までの天気のよい早朝にご覧下さい。
 昭和19年立春から昭和20年節分までに生まれた方が古稀(数え年)を迎える平成25年には、20年に一度の伊勢神宮の遷宮(式年遷宮)式が執り行われます。式年遷宮においては内宮・外宮の各社殿、ご神具・ご神宝が全国からの拠金を得て新調されますが、本殿は場所が隣地に移動して建立されます。現在の本殿地は旧地として次回20年後の本殿地として保存されます。このようにご本殿は場所を変えて新造されますが、五十鈴橋だけは元通りのところに架け替えられますし、今回も架け替えられました。その理由は明らかではありませんが、同じ場所に架け替えられるおかげで五十鈴橋から登る冬至の日の出を仰ぐことができることを思うと、天の岩戸神事とのゆかりといい先人の思い入れや願いを強く感じる配置といえます。

author:bairinnet, category:冬至, 08:49
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冬至の日の出
 師走に入ると晴れ間と時間を見つけて境内の落ち葉掃きに努めねばなりませんが、
参詣者の女性の方から「冬至の日の出が見えるんですか?」と声をかけられました。
当社の神門・社殿配置が冬至の日の出線上にあることは知る人ぞ知る知見でしたが、
一般の参詣者の方から関心をもって問われたことは初めてでした。冬至は太陽が南限する時候
ですから、冬至を過ぎると太陽は再び北向しはじめます。それゆえ、日の出が神門に差し込む時間はやや異なりますが、冬至から初詣の頃までは差し込む日の出を観察できます。ただし、天候に
よりますが。
 ちなみに、下記は今年の冬至1日前の日の出の模様です。
神門から本殿方向に差し込む日の出の模様です。
伊勢神宮の五十鈴橋からの冬至の日の出は有名ですが、こちらは表日本と異なり晴れ間の少ない
時候に入っています。天気予報では今晩より雨模様とのことですから、今年はこの画像が冬至に
もっとも近い時候の日の出の画像となるかもしれません。



冬至1日前の日の出
author:bairinnet, category:冬至, 11:14
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