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小松天満宮宝物館公開のご案内

       「利常公360回忌記念」 小松天満宮宝物館公開案内

 

  本年は 万治元年(1658)10月12日に小松城にて逝去された前田利常公(当社創健者)の150回忌となります。

  それを記念して下記のように当社宝物館公開を行いますので、ご案内申し上げます。

 

日時: 平成301014日(日)午前9時から午後3時まで

    平成301015日(月)午前9時から午後3時まで

 

展示内容

 

 1)当社参道は 神門を通って本殿方向に射し込む冬至の日の出と東参道を通って本殿に射し込む七夕の日の日の出という二つの日の出を受け入れるように北斗型参道をしています。七夕の日の出に籠めた創健者(利常公)の願いにかかる調査結果と関連宝物を展示します。この調査の進展に大きく貢献した徳川ミュージアム所蔵の「文昌星像」の写真展示も

徳川ミュージアムの許可を得て行います。

 

 2)当社蔵の加州新刀展

 

  * 明治維新150年記念: 慶応4年奉納刀(刀身4尺)

 

     今年が明治維新150周年となることから、明治改元の慶応4年正月、まさに鳥羽伏見の戦いの頃、小松の町人296人と七町の若連中の浄財をもとに製作された長さ4尺の奉納刀と奉納額を展示します。

 

      承応3年銘の薙刀 

 

    利常公はお孫さんで幼い藩主(加賀守綱利、後の綱紀卿)の元服の歳の承応3年に藩内の刀工22人に各1刀を謹作せしめて、刀工名と承応38月吉日を刻して高岡の瑞龍寺に寄進しました。現存するのはわずかに2刀といわれています。『微妙公御直言』には「御領国所々の大社の内に御籠物として御刀等仰せ附けられたのは、加賀守武運長久の為である」とかかれていますが、近時、当社にて、瑞龍寺奉納刀の22の一人である藤原家忠による薙刀が発見されましたので、今回、初展示いたします。なお、薙刀刀身には作刀名と共に承応3年8月吉日と、瑞龍寺奉納刀と同じ年月日が刻されています。

 

駐車場紹介

 

 下記の茶色表示のように、仮設駐車場4ヶ所を準備いたしましたが、駐車可能台数が限られていますので、極力、徒歩にてお参り頂きますようにお願いいたします。また、天満橋から鳥居にいたる坂路は歩行者もおられますので車での通行の際は、歩行者に注意して減速して通行下さい。仮設駐車場での事故は責任を負いかねますので、注意して駐車下さい。

 

 

author:bairinnet, category:祭典・行事, 14:26
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梯川分水路竣工記念マーチングコンサートの斉行

昨年1119日に国交省北陸地方整備局他により斉行された梯川分水路竣工記念式典時に計画されていて、雨天時のため中止となっていました県立小松工業高等学校吹奏楽部によるマーチングコンサートが本日、当社鳥居前広場にて実施されました。本年は、当社が立地します天神町の地番が上牧町や梯町から天神町に変更登記されてから50年になることから、小松天満宮と天神町町内会の主催、小松市営天神町住宅自治会・駐車場管理組合の協賛、北國新聞社とラジオこまつの後援をえて、午前11時からおこなわれました。下記の画像1は,天満橋からの行進風景、画像2は、鳥居前広場でのコンサート風景です。

 

 

author:bairinnet, category:祭典・行事, 19:59
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小松観光ボランティアガイドの会「ようこそ」当社に正式参拝

 昨年11月に竣工式典の実施された梯川(小松天満 宮)分水路工事では、当社を現地に残したまま河川流路を二手に分ける浮島(分水路)工法が採用されました。現在では、本丸櫓台(ほんまるろだい)と堀の石垣のみとなった小松城ですが、往事は金沢城の二倍の広さの敷地に、本丸を核に7つの島が浮かぶ「浮城」の景観を有していました。今回の工事で「浮島の宮」となった天満宮は、近世小松のまちづくりを進めた利常公の時代の姿をしのばせます。

 ダムや分水路といった土木構造物を観光資源として活用するインフラツーリズムが注目される中で、梯川分水路と当社を訪ねる方々も増えてきているため、本日、小松観光ボランティアガイドの会「ようこそ」の会員22名の方々が当社に正式参拝に訪れました。神事後に、当社神職より境内各所の観光ガイドのポイントについて説明させていただきました。

 梯川分水路と当社への観光ガイドをご希望の方は、小松観光ボランティアガイドの会のインターネットサイトをクリック下さい:

http://www.komatsuguide.jp/index.php/article/detail/volunteer/

なお、下図は記念撮影におさまるガイドの会の会員各位です。この方々がご案内いたしますので、どうかふるってガイドの会にお申し込み下さい。

author:bairinnet, category:祭典・行事, 20:35
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梅花咲きそろう中での春祭りの献花

 今年は御祭神の菅原道真公が大宰府にてお亡くなりになられた延喜3(902)225日(旧暦)より数えで1117年となりますが、明治の改暦より、当社の春祭りは325日に斎行されています。

 菅公は生涯に多くのお詩を詠まれていますが、菅公5歳の時の和歌が伝えられています。これは紅梅をよまれています:「うつくしや紅の色なる梅の花 阿呼(あこ)が顔にもつけたくぞある」。 代々文章博士を輩出した菅原家をはじめとする平安知識人の家では、一般に数えで67歳頃から読書し、9歳頃から漢詩をつくりはじめていたといわれます。菅公最初の作詩は11歳の時、「月夜に梅花を見る」と題する五言詩です:「月の輝くは晴れたる雪の如し、梅花は照れる星に似たり・・・」と詠まれていますから、白梅を詠んだ詩です。

 参道沿いに紅梅白梅咲きそろう325日に当社の春季例祭式典が斎行されました。

 

 

 

 ご神前には小松天満宮奉賛会、小松天満宮十五社会氏子中をはじめとする崇敬者各位よりのお供えが飾られ、また、古流柏葉会小松支部の方による時の花をしつらえた応用華が飾られました。左上方に伸びるように活けられているのが真(天に対応)の枝、それと釣り合うように右手前にあるのが流れ(人に対応)の枝、共に花材はレンギョウです。天の気をうけての新たな命の鼓動をあらわす受け(地に対応)の枝には椿が左下方に活けられています。中央に真っすぐに活けられているのが真前(しんまえ)ですが、君子蘭です。君子蘭は東洋画の画題として使用される四君子の一つで春をあらわす草木であり、花言葉は「高貴、誠実」です。摂関家の専横を防ぎ,能力ある人材登用を進めた宇多天皇・法皇の意を挺して努力され、無実の罪にて左遷された太宰府にてお亡くなりになられた菅公のお人柄をも偲ばせる献花です。

 

 

 

author:bairinnet, category:祭典・行事, 19:34
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H30年初詣臨時駐車場のご案内

 

当社を分水路により現在地に保全する梯川分水路工事も完成しましたが、初詣期間中は分水路にかかる天満橋からの車両通行は出来ませんので、徒歩にてお参りください。また、下記のように、臨時駐車場3ヶ所(P1,P2P3)を準備いたしましたが、駐車可能台数が限られていますので、極力、徒歩にてお参り頂きますようにお願いいたします。3ヶ所の臨時駐車場は大晦日から正月3日までご利用いただけます。警備員が誘導する際には、その案内によりご参詣ください。


               臨時駐車場概略図

 

 

以下に各臨時駐車場の現況画像を示しますので参考にしてください。

 

 

次に、P2の現況画像を示します。

 

 

次に、P3の現況画像を示します。

 

 

author:bairinnet, category:祭典・行事, 05:54
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梯川分水路竣工記念の諸行事の斉行

長年工事が行われていました梯川分水路の竣工を記念しての事業官庁等による記念式典が来たる1119日に斉行されることになりました。これに先立ち、各種の記念行事が当社境内にて執り行われました。

111日には、当社創建360周年と分水路完成を祝して、創作漢詩石碑奉納式と除幕式が斉行されました。当社御祭神の菅原道真公は、中国固有の漢詩文学の模倣を脱して独自の日本的漢詩文を大成して、日本文学史上最も精彩ある平安文学を開く一つの原動力となった方です。第二次大戦後の欧米文化の大流入と共に漢詩文は長らく影を潜めてしまいました。そうした時代風潮の中でたゆまず創作漢詩を続けられた郷土の漢詩人が大西 勉殿であり、菅公千百年祭における創作漢詩奉納を契機に氏が創設されたのが「小松梅林吟社」であります。この度、重なる慶事を祝い、小松梅林吟社有志の方により「創作漢詩石碑」一基が冬至の日の出線上近くに奉納されました。下図は除幕式後の画像です。

 

 

冬至の日の出は当社の神門から本殿方向に差し込んできますが、神門に差し込む朝日は白山山系の妙法山上から射し込んできます。石碑は四面からなり、各面に漢詩が刻されます。まず、白山の方向を向いた側に、親子二代にわたり漢詩創作に親しまれている石田寛人殿の白山を詠んだ漢詩を、社殿方向に当社早春風景を詠んだ大西勉殿の漢詩を、残り二面には「小松梅林吟社」会員より全国的な創作漢詩大会に最初に入賞された安田裕子殿と能登外茂次殿の漢詩が刻されています。

11月1日から7日にかけては当社梅園奥の渡り廊下にて、小松梅林吟社各位による創作漢詩展が開催されました。

 

この漢詩展には、ホールインワンを達成された会員を祝しての漢詩(下図)など多彩な内容の創作漢詩が展示され、多くの見学者で賑わいました。

 

 10月30日には、創建360周年を祝しての能楽奉納が去る6月3日に開催されたことを記念しての能楽奉納記念碑が小松能楽会有志各位により社殿前方に奉納され、また、11月4日には郷土の書家であります山本穆子殿により梅園内に紅梅の献木がなされました。

 11月6日-7日の両日にわたり、竣工間近の分水路見学会が金沢河川国道事務所職員各位の案内により多数の参加者を迎えて開催されました。

 

 

また、6日から7日の両日に当社宝物館の一般公開が行われ、当社創建の棟札や本多政長による当社縁起書や江戸琳派の酒井抱一や当社社頭を描いた山本光一の扇面画や梯川対岸より当社方向を望んでの山水画(久保田米僊画)などの宝物展示に加えて、河川改修にともなう諸調査により明らかになった当社の文化・自然的特徴をとりまとめたパネル展示が行われました。

 

 

author:bairinnet, category:祭典・行事, 06:33
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梯川分水路完成記念行事のご案内

 本年は当社創建360周年にあたり、その記念行事を63日から6日の間に斉行したところですが、国土交通省金沢河川国道事務所により平成12年より施工されていました梯川分水路工事が平成2911月下旬に竣工を迎えることになりました。この工事は、平成111月に定められた石川県都市計画決定により、地域の歴史・文化、周辺景観との調和に配慮し、まちづくりと一体となって実施されてきた工事です。当社を創建の地に保全しつつ、分水路工により河川改修工事が施工されてきました。下図は、竣工間近の分水路と当社境内の状況を示しています。

 

 

 

竣工に先立ち、以下のように記念行事を執り行いますので、ご案内申し上げます。

 

日時: 平成29年11月6日(月)、7日(火)の両日

  行事内容:

 1)宝物館公開 午前 9 時から午後 3 時まで

 2)梯川分水路工事見学会

両日とも一日4回(午前10時、11時、午後1時、2開催。なお、竣工式前の特別見学会ですので、参加者各位には, こちらで準備するヘルメットを着用していただきます。

 3)小松梅林吟社創作漢詩展

      当社梅園奥の渡り廊下にて展示いたします。

 

なお、公道から天満橋を通り、参道(坂路)を通って鳥居から境内地にお進み下さい。鳥居前にも駐車空間がありますが、広い場所ではありませんので、下図に示す臨時駐車場2ヶ所(P1,P2)をご使用下さい。警備員が誘導する際には、その案内によりご参詣ください。


         臨時駐車場概略図

  

以下に各臨時駐車場の現況画像を示しますので参考にしてください。

 

 

 

 

 

author:bairinnet, category:祭典・行事, 20:17
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能舞台における献花式(記念行事その4)

 

 創建360周年記念行事(その4)として、平成29年6月4日(日)午後2時半より、神事につづいて能舞台において、古流柏葉会の奉仕による献花式が斉行されました。何故鏡板とよばれるかについては、諸説があるようですが、後述する能楽用語サイトによれば、観客席におられる神様を映す板といわれるからとされます。古事記に記される天の岩戸のお出ましに使用された鏡について記す古事記の記述からしても納得しうる説といえます。それゆえ、鏡板の前での献花作法は、まさしく神様にお見せするための作法といえます。

図1は献花奉仕中の様子を示しています。

 

2は能舞台鏡板前に並べられた献花を示しています。

 

 

当社鏡板に描かれた松と梅、脇の鏡板に描かれた若竹にあわせて、中央向かって右側には梅を主位にして、松とつばきと菊の花を添えて生けられ、中央向かって左側には松を主位にして、つばきと菊の花を添えて生けられています。当社社殿の連子窓の格狭間(こうざま)には、上位(向かって右側)に梅が、下位(向かって左側)に松が彫られています。また、能舞台上では、観客に向かって左側が上位といわれますので、それらに合わせて飾られています。両脇には、控の鏡板の画にあわせて、若竹を主位にして、つばきとシャクヤクの花を添えて生けられています。なお、能楽用語に関しては、インターネットアドレス(www.the-noh.com/jp/index/html)を参照さしていただきました。

 社殿には、古流柏葉会家元殿による「彩流華 風の華」が奉納されました。

 

 

つばきを花材に、風が舞い降りてきた様子を生けていただきました。献花式当日はさわやかな風が境内を吹き抜け、生長の季節にふさわしく、また、創建360周年(6回目の還暦の歳)を迎え、新たな旅立ちの当社にふさわしい献花でした。

 

 

 

author:bairinnet, category:祭典・行事, 20:29
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能舞台開きにおける能楽奉納(記念行事その3)

 

 平成29年6月3日(土)午後1時半より、小松能楽会により小松天満宮能舞台において能楽奉納式が斉行されました。当社の能舞台は、小松の能楽愛好家の方々の募金により、明治維新後に金沢に残されていた波吉太夫家の能舞台を移築し、日清戦争後の明治29年10月に能舞台開が行われたものです。昭和十年代の梯川改修工事により西方広場に移築されましたが、平成の河川改修により明治時代に建てられていた故地に戻って再建されました。

 能楽奉納では最初に義本高明氏らによる謡「翁」が奉納され、続いて、土居尚子氏らによる仕舞「老松」と長野 裕氏らによる舞囃子「高砂」が奉納されました。

 能楽奉納に先立ち、小松市長さんと小松市議会議長さんより創建360周年と能舞台開きを祝してご挨拶を頂きました(図1)。謡「翁」の奉納風景が図2に、仕舞「老松」の奉納風景が図3に、舞囃子「高砂」の奉納風景が図4に、また、観賞されている観客各位をあらわすのが図5になります。

 

author:bairinnet, category:祭典・行事, 20:23
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記念講演会と宝物館公開(記念行事その2)

 平成2963日(土)御前10時より1140分まで、小松市立公会堂4階会議室にて、筑波大学教授綿抜豊昭氏による記念講演会が開催されました。

当社初代宮司能順は明暦2(1656)29歳にて小松天満宮宮司に就任し、79歳にて亡くなるまで、50年近くの長きにわたり当社と北野天満宮の両社に奉職して、当時の文化の中心であった京都と加賀小松の文化交流に貢献いたしました。江戸時代連歌の第一人者といわれたこの能順を中心とする人々の業績について、当社宝物をふまえつつ講演していただきました。講演会後の63日午後と66日には、新装なった小松天満宮宝物館において講演に関連する宝物等が一般公開されました。また、授与所では綿抜教授の著書「小松天満宮と能順」の頒布が開始されました。以下の図1から図2は講演会の様子を、図3は多くの方々に来場いただきました宝物館公開で入場をまつ人々の様子です。

 

 

 

author:bairinnet, category:祭典・行事, 20:15
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