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学際科学に親しむ(2):生き物と人間の社会的意思決定
 数年前に小松天満宮の梅園の梅の木に、ミツバチの分蜂群が出現しました。

 
 
    
 
 ミツバチの巣に新しい女王ばちが誕生すると、それまでいた女王蜂は巣を新しい女王ばちに譲って、数千匹ともいわれる手下の働き蜂と共に新しい巣に引っ越します。その際、新しい巣の適地をさがすための一時の仮の宿となっているのが、この画像の白線内の状況なのです。数日間このような状態で、働き蜂は適地を求めて飛び回り、よいと思われる適地を見つけると、この仮の宿に戻ってきて、ダンス(周回運動)により他の蜂に自分の見つけた巣候補地のアピールをするのです。自分の選好の程度は、周回運動の回数と強さによって表現され、よいと思えば、回数が長くなり、また、強い周回運動をしてアピールします。こうして働き蜂が見つけ出した候補地の中から、分蜂群の集団的意思決定により、一番よい候補地がみつけられて、一斉に飛び立っていき、画像のような状況は数日後には跡形も無くなっているのです。
 ミツバチの種群の生存は、一匹の女王ばちと雄蜂の生殖行動によって確保され、それを支援するのが数的には最も多い働き蜂です。この女王蜂が死んでしまえば、種群の生存は不可能になりますから、新しい巣を見つけて生殖行動を実施することがミツバチ種群にとっての最重要の課題となります。時間をかけて意思決定をしていたのでは、種群全体が飢え死にしてしまいますから、効率的に意思決定をして新しい巣を見つけねばなりません。こうしたミツバチの意思決定の仕組みは、トーマス・シーリー著、「ミツバチの会議」などによっても紹介されています。
 
(2)人間社会の意思決定モデルとの比較
 
 それでは、このミツバチの意思決定の仕組みは、人間社会の社会的意思決定に有用な知見を提供してくれるのでしょうか?
 ノーベル経済学賞を受賞した米国の経済学者ケネス・アローは、民主社会における社会的意思決定ルールの満たすべき必要条件として四つの条件を挙げています。第一(広範性の条件)は、社会を構成する人々の表明する選好順序がどのようなものであっても、それにもとづいて社会的意思決定を行いうる、という条件です。第二(パレート原理)は、任意の二つの社会状態x、yに対して、全ての人がxの方がyよりもよいと選択したなら、社会的選択も同様の選択をするというもので、これも常識的な条件です。
第三は「関係しない代替案からの独立性」条件であります。今、代替的社会状態の集まりが二つ(x、y)あり、x、yに関する全ての人の選好が同一(xをyより選好)であったとしてみます。この時、第三の代替的状態zを導入して、選択しうる社会状態の集まりを三つに拡張しても、xとyに関する社会的選好結果(xをyより選好)はzによって影響を受けてはならない、というものです。
第四は非独裁制条件であり、社会的選択においては独裁者の存在を許してはならないという条件です。これも民主的意思決定には必要不可欠の条件であります。アローの結論は、この一見妥当な四条件を満足する社会的選択ルールは存在しないというものです。
この社会的選択論とニホンミツバチが見せる、新しい巣への移動に伴う見事な集団行動とのかかわりはどうでしょうか。ミツバチは巣から一定距離以内ではあるが、その範囲内で、巣になりうるどんな場所についても、好ましいと思えば仮巣に戻ってきて報告し、その報告が何であっても、最終的に分蜂先の集団的意思決定に成功していますから、広範性(第一)条件を満たしています。また、分蜂の刻々変化する形状を経て、最終的に皆の意見が一致した時に新たな巣に飛び立っていくので、第二と第四の条件も満たしているとみなされます。
 問題は第三条件です。この条件も満足させなければならないとしたら、分蜂群の集団的意思決定は観察されません。働きハチが蜂球内を動き回って(一種の足による投票)合意形成を図り、集団的意志決定に成功しているとしたら、第三条件は満たされないはずです。
実際、ヘブライ大学昆虫学部のSharoni Shafir らは、西洋ミツバチを用いた異なる蜜源間の選好実験により、この第三条件が満たされないことを報告しています。
 
(3)ミツバチの集団的意思決定から学ぶこと
 
 ミツバチの分蜂先を決めるのは、ある特定の分蜂先への支持が多数になったときに一斉に飛び立っていく、多数決によって決めているのでしょうか? 多数決で集団(社会)の意思決定を行うのは、先ほどのアローの4条件を満たしません。それをみるために、今、社会が3人からなり、代替案が3つ(x,y,z)ある場合を考えて見ます。個人1の3代替案の選好順が xがyよりよく、yがzよりよい、とします。個人2の選好順が yがzよりよく、zがxよりよい、とします。個人3のは、zがxよりよく、xがyよりよい、とします。この時、(x、y)との投票では、個人1と個人3が賛成で多数ですから、社会的には xがyよりよいとなります。(y、z)では、yの方がzよりよいとなり、(x、z)では zがx よりよいとなります。結果として、この3代替案の中で社会的に最もよいとされる案を決めることが出来なくなり、多数決ルールは、アローの第一条件を満たさなくなります。
 人間社会の多数決では、多数決で決め得た場合でも、負けた敗者の無念はいつまでも残ることがあります。これに対して、ミツバチの場合は、各所から帰ってきた働き蜂による周回運動が繰り返される過程で、劣勢の候補地を推す働き蜂の周回運動は弱くなり、最終的に「勝者総取り」の形で分蜂先が決定します。それゆえ、敗者の無念は存在しない形で集団の意思決定がなされているとみなせます。敗者の無念が残るのは、意思決定参加者の代替案に対する選好が社会的意思決定の過程で変化しないことにあります。

 これらを踏まえて、前褐の「みつばちの会議」はミツバチの分蜂群意思決定から学ぶ智恵として、「多様な解答をさぐる」や「集団の知識を議論を通じてまとめる」などを揚げていますが、これは意思決定参加者の代替案に対する選好が議論を通じて変化していくこと、また、変化していくような実りある議論過程の重要性を示しています。
 
 
 
author:bairinnet, category:科学に親しむ, 05:26
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学際科学に親しむ(1):ホメオスタットの仕組み
人間の脳をモデル化し、その電気機械を作製したのが 英国の神経科医でありサイバネティックス研究者のW. Ross.Ashby(1903-1972)です。人間が他の生き物よりも優れているのは、外界の変化への適応力が高いことです。適応力が高いということは、外界の状況が変化したときに、自己の生存に必須の諸変数を生存限界内に安定的に保持しうるようにできるということです。このために、脳が活躍するものですから、アシュビーは脳の働きを模写する模型を作成したのですが、その成果は「Design of Brain」(初版は1952年、「脳の設計」)という著書にまとめられています。ここでは1960年出版の第二版の8章等により、その仕組みを説明してみます。このモデルは脳を模写する理論としては単純なものですが、より複雑なモデルを考察するための出発点となるものです。
図1は Ashby(1960) (出版以来50年経過しているので、ここでは無断引用させてもらっています)の101頁に記載のホメオスタットの実物写真です。
 
 
ホメオスタットは4つのモジュールから構成されており、各モジュールの上部には回転する磁石がついています。磁石の前には水槽があり、水槽の両端には電極(V0<V1)が取り付けられています。回転する磁石には鉄線がとりついて、水槽の中にたらされていて、この鉄線(のプレート)が磁石の位置に応じて電位をとらえます。
以下の図2によりホメオスタットの仕組みを簡単化して説明してみます。
 
 
 
鉄線プレートが水槽の中央(図2の点0)から左右にずれることを変位といいますと、この変位が所定の変位(閾値)よりも大になると、このモジュールは異常な事態になっていると判断します。例えば、人体では体温は通常はほぼ一定値をとっていますが、発熱などすると体温が上昇してきます。この上昇が一定値を超えた場合などがこれに対応します。人体の生存に必須の変数は体温だけではありませんから、人体の恒常性を模写するには4つのモジュールでは足りませんが、アシュビーのホメオスタットは、本質的(必須)変数が4つの場合です。
 水槽の中間点(変位なし)の電位に対応する電流を基準電流としますと、中間点からの変位に応じて電圧が変化し、それと共に電流が変化します。変位があるときには、この時の電流と基準電流の差をモジュール出力として、自己も含めて他のモジュールのコイルに送ります。変位なしの時には、モジュール出力の値はゼロです。
さらに、変位の絶対値が閾値より大になりますと、このモジュールは、磁石の磁界を決定するコイルの出力電流を決める二つのパラメーター値(抵抗の値、コンデンサーの静電容量)をランダムに変化させます。実際には、磁石の磁界を決めるコイル電流には、ほかにもパラメーター値はありますが、ここでは重要なパラメーター値として2つを選んでいます。図2中のモジュールには4つのコイルが描かれています。コイルAがこのモジュールの出力電流を受け取るコイルであり、コイルBからコイルDは他のモジュールからの出力電流を受け取るコイルです。一つのモジュールには4つのコイルごとに二つのパラメターがありますから、ランダムに変化させるパラメター値は8つ、4つのモジュールでは32個のパラメター値をランダムに変化させます。これら4つのコイルを通過する電流(パラメター値によって改訂された電流)によって形成される磁界により、磁石は回転して、水槽内の鉄線フィラメントの位置も変化します。最終的に、4つのモジュールの水槽内の鉄線が基準点に来たときに、この4モジュールから成るホメオスタットは安定性を達成したとされます。
図3は Ashby(1960) 211頁記載の図ですが、モジュール数が3つの場合のホメオスタットの出力電流を示しています。
 
 

横軸は時間で、Uと書かれているのがパラメター値を変化させた時点を示しています。第一モジュールの出力は開始早々上昇して閾値にかかりますので、時点Jにてパラメター値が変化し、その結果、第一モジュールの出力は上限閾値を脱しますが、下限閾値に達しています。また、モジュール3の出力も下限閾値に達していますので、時点Kにてパラメター値が変化し、その結果、モジュール3の出力は下限閾値を脱しましたが、モジュール1の出力は上限閾値にかかっています。時点Lにてパラメター値が変化しますが、モジュール1の出力電流は上限閾値に留まったままです。そこで、時点Mにて再びパラメター値が変化し、その結果、モジュール1の出力電流も基準電流に戻っています。安定性を確かめるために、人為的に、モジュール1の出力を変化させてみましたが(図3の記号D)、3つのモジュールとも安定的に基準電流値に戻ってきて、安定均衡が達成されたことが確認されている例です。
 Ashbyは、また、ホメオスタット電気模型が2階の微分方程式体系で表示できると共に、鉄線フィラメントのたらされる水槽内に十分な粘性があり、磁石が円滑に回転出来る(慣性モーメントがきわめて小さい)ならば、1階の微分方程式系で表示出来ることを示しています。すなわち、ホメオスタットの仕組みは微分方程式で以下のように定式化されます。
  dXj/dt = bj1 X1 bj2Xbj2X+bj3X+bj4X4          j=1,2,3,4  (1)
ここで 右辺の各係数は、各モジュールで設定される係数値であります。 変数は本質変数のことであり、ホメオスタットの場合は、4つのモジュールごとに設置されている磁石の磁針の中心からの乖離の程度に対応しています。4変数からなる微分方程式の各係数値と初期値を与えての解法を図示したものが下図です。
 

 
 所与の初期値からスタートしてみます。ホメオスタットの場合は、各モジュールの磁針の初期位置における中心からの乖離の程度が初期値に対応します。上図では、図示の都合上、変数が二つの場合を示していますが、所与の係数値の組み合わせが上図の(計数値0)のもとで、微分方程式を解いていきますと、点Aで制約面(磁針のふれる限界)にあたってしまったとします。すると、脳が働いて新たな係数値を見つけ、それが(係数値1)であったとします。上図は、この係数値のもとで微分方程式系が安定均衡に到達したことを示しています。アシュビーのホメオスタットは、各モジュールの磁針が中心点に戻ることになっていますから、E点は原点(各変数が値ゼロをとる)に対応しています。
 式(1)の微分方程式系が安定均衡解に到達するのは、係数行列の固有値の実部が負の場合ですから、そのような固有値が得られるように設計された電気機械がホメオスタットであったといえます。
 実際には、モジュール数はホメオスタットの4つよりも多く、それゆえ、生存に必須の本質変数の多くなります。また、本質変数の相互作用が線形微分方程式で近似しうるとは限りません。その意味では、脳の仕組みを模写するモデルとしては、初歩的なモデルではあります。
 アシュビーは、ホメオスタット完成後に、モジュール数を増やすことを試みています。変数の数が多くなりますと、たとえ安定性を達成しうるとしても時間がかかります。御嶽山の噴火や旅客船の沈没事故などの場合の示すように、生存はまた時間との闘いでもあります。こうした場合、システム変数が相互に連結されていたのでは、情報が多すぎて、安定均衡(恒常性)を達成しうるとしても無限大近くの時間がかかってしまいます。
  これに対して、脳には多くの部分系があり、日常生活に生起する外乱の例として、目による物の認知をとっても短時間で適応(認知)しています。それゆえ、適応経験の蓄積を利用していくためには、脳の仕組みモデルとしてのホメオスタットは完全連結系では駄目であること。システムを部分系にわけて、部分系間を連結した方が部分系を孤立させるよりも、より多様な適応行動をとりうることをアシュビーは論じています。
 人間は生存適応のために個人の適応経験を蓄積するだけでなく、集団としての適応経験を文化・伝統・慣習といった形で蓄積していますし、新たな適応形態を創造することもしています。いずれにしても、その後の脳科学の進展を体系的に整理して把握する上で、アシュビーのホメオスタットは、現在でも、有用な役割をはたしているといえます。

 
 
author:bairinnet, category:科学に親しむ, 11:35
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雷調査団の指摘とフレミングの左手の法則
 紅梅につづいて白梅も咲きそろった過日、文化財の雷被害調査団の一行が来社しました。下図は国指定文化財の神門からみた白梅です。



同じく国指定文化財の当社社殿には棟屋根に避雷針が設置されていますが、そこから接地面までの避雷線の取り方がまずいとの指摘をうけました。指摘されているカ所は以下のように避雷線が輪をかいたようになっているところでした。



落雷によって大きな電流が避雷線に流れます。すると、避雷線に磁場が発生し、この電流と磁場との相互作用により電磁力が発生します。この様を示すのが「フレミングの左手の法則」です。左手の中指と人差し指と親指を、三次元空間にて、それぞれ直角になるようにしてみたときの、中指が電流の向きに、人差し指が磁界の向きに、親指が電磁力の向きを示しています。上手のように、輪をかいていますと、電磁力の強さはより強くなります。もし、こうした状態で落雷にあいますと、高い電磁界に木質系建物がさらされますと建物の損傷をおこしかねません。それゆえ、避雷針から接地面までの線は出来るだけ最短距離にてとるようにしなければならいということを雷調査団より指摘された次第です。幸い、この近くには高木が何本もありますので、社殿を落雷から防いでくれていて、これまで被害がなかったのではないかとのことです。


author:bairinnet, category:科学に親しむ, 17:03
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ニュートンの運動の第三法則(作用反作用法則)と鋼管矢板圧入工法の原理
 
  本ブログには「科学に親しむ」という項目があります。20111110日付けのブログにこの項目を設ける目的を紹介しています。当社には大学や高校の受験に臨む多くの若人の方々がお参りにこられます。これらの方々のうち、高校生諸氏が大学等に進学して、どのような専門分野に進まれるとしても、理系科目(現象の定量分析に不可欠な基礎知識)への毛嫌いをなくしていただくことが科学・技術立国の我が国にとって不可欠であると思います。他方、高等学校の授業でならうのは種々の分野に適用可能な原理原則ですから、どうしても抽象的になりがちです。そうした原理原則が身近なところでどのように使われているかの多様な例を生徒諸氏が知ることは学習意欲を高めるのに資するのではなかろうかとの観点から、当社周辺で実施されている河川改修工事がそうした原理原則とどのような関わりがあるかをも紹介させてもらっています。
  今回は、20111012日の本ブログ記事「連絡橋橋台の完成と作用反作用法則の登場」につづく「作用反作用法則」の応用例を紹介します。 

  
下図(図1)は梯川改修工事のうち、当社の周囲に建設される輪中堤を図示したものですが、南を上にしていますから、梯川本川部が当社境内地の上側(南側)に流れています。茶色の実線部が既設の堤防の低水護岸工事(鋼管矢板圧入工事)の完成した部分、黄色の実線部が今年7月までの予定で実施される鋼管矢板圧入工事カ所であり、白色の実線部がそれ以降に実施される鋼管矢板圧入工事のカ所をしめしています。



下図(図2)は完成した鋼管矢板圧入工事のカ所の状況です。



 当社境内地の周囲を取り囲む輪中堤を船にたとえると、上図の前方が上流部ですから、この上流部にあたる船の舳先にあたる部分の鋼管矢板工事(前図の黄色部分)が開始されようとしています。
 当社関連の低水護岸工事に使用されている鋼管矢板工法は、圧入工法によるものです。この工法は建設工事にともなう騒音振動問題が顕在化してきた昭和40年代前半に、(株)技研製作所の創業者である北村靖雄氏によって開発され、「サイレントパイラー」として製品化されたもので我が国が発祥の優れた工法です。

 住宅やビルを建設することを考えてみますと、当然ながら建物自体の荷重がありますから、この荷重が地盤に与えられますと、力学の第三法則(作用反作用法則)により、荷重という作用に対して地盤からはそれと同じ力で反対方向の力(反作用)が生じます。地盤が弱いと、作用と同じ反作用を生じさせるためには建物が地面高よりはある程度沈下してようやく作用=反作用として静止することになりますが、これでは生活上不便ですし、また、地震や水害の場合には危険です。それゆえ、こうした軟弱地盤の場合には、コンクリートで地盤改良を行ったり、杭を堅い地盤まで打ち込んだりして、荷重という作用への反作用を確保します。下図(図3)は、杭を打ち込んだ場合の概念図を示しています。

 


 さて鋼管矢板工事は、堤防の河川側の護岸工事を鋼管矢板を打ち込んで行うものですから、住宅等の場合の支持杭を打ち込むような工事です。ただ、梯川の堤防沿いの典型的な地質図(下図、図4)は以下のようになっています。地質時代区分として、人類の登場する新世代第四紀に相当するのが、洪積世と沖積世にあたります。地盤の硬さを示す指標であるN値の値が大きいほど硬い地盤となりますから、およそ30メートル以上の深さの洪積世の地層までゆくと、N値の値は30以上と硬い地層になることが判明します。それゆえ、堤防の護岸工事に使用する鋼管は長さ10mと11メートルを3本つないで深さ32メートルまで打ち込むことになっています。



  


 さて、圧入工法が開発されるまでは、ハンマーで杭を打ち込むしかありませんでした。杭を深く打ち込めば打ち込むほど、圧入に要する力は大になるし、それと共に騒音や振動といった公害は大きくなっていきます。当社近くの工事では穴掘り機械で穴をほったり土砂を移動させるのに重機を使用しただけで社務所内の部屋が小刻みにゆれたりしていました。それゆえ、こうした深い地層まで鋼管を従来のディーゼルハンマー等でうちこめば、かなりの騒音振動公害をしょうじかねませんし、掘り出した土砂の処分もせねばなりません。


 ところが、この圧入工法ではまったくといってよいほど騒音や振動が生じません。ただ、電源車からでるモーターの音はしますが。圧入工法に使用する鋼管パイラーの概念図を示したものが下図(図5)です。



鋼管パイラーは以下の3つの部位から構成されています。

1) クランプ

2) マスト

3) チャック

クランプとは打ち込み済みの鋼管矢板にとりつける台座のようなものです。マストとは運転手が油圧装置等を操作する運転室です。チャックとは新しく打ち込む鋼管矢板をつかむ取っ手です。この取っ手でつかんで油圧により鋼管を打ち込んでいきます。現在、当社の輪中堤工事で使用されている工法では、チャックに取り付けられた鋼管矢板の中に、土壌を撹拌しながら鋼管を打ち込んでゆくドリリング機械がついています。下図(図6)は、この鋼管パイラーを使用しての鋼管打ち込み作業の図です。ただ、打ち込み作業も最終段階にあるため、ドリリング機械が鋼管から取り外されています。また、図5のマスト部分が鋼管パイラーの外部に備えられているのが異なっています。



 さて、チャックによって鋼管をつかみますと、それ自体で荷重がかかります。鋼管1本の重さは8トンですから、8000kg9.8N(ニュートン)の力がかかっています。これを静止させるには、この荷重という作用に対して、クランプの方に、クランプを持ち上げようとする揚力が反作用としてかかります。クランプは地中に打ち込み済の鋼管矢板に固着していますから、この揚力はクランプを通じて、鋼管矢板を引き抜こうとします(揚力という作
用に対して、下向きの反作用の力が働き、反力ともいいいます)。

 

 さて、これからが圧入工法のみそであり、クランプの重要な点です。打ち込まれた鋼管矢板を引き抜こうとするととても大きな力を必要とします。ということは、打ち込まれた鋼管矢板は大きな「引き抜き抵抗力」をもっていますから、この既設の鋼管矢板にしっかりと取り付けたクランプも大きな抵抗力をもつことになります。この大きな抵抗力が、チャックにとりつけられた新しい鋼管矢板によって生じた揚力(作用)の反作用の役割をすることになります。もしも、こうしたクランプがなければ、杭を土に打ち込むには、揚力を打ち消すために、かなりの重さの土台を機械に取り付けねばならなくなります。クランプがあるおかげで、くい打ち機械を軽量化出来、また、チャックにとりつけた鋼管の荷重による揚力が打ち消され、鋼管矢板のもつ荷重が地中方向にのみ働き、油圧の助けをかりて鋼管矢板を静かに地中に打ち込むことができます。なお、クランプが鋼管をしっかりと把持することが揚力を打ち消すために不可欠ですから、これを確保するためにも油圧の力を使用しています。

 さらに、ドリリング方式では、土を掻きださずに、鋼管矢板を打ち込んでいきますから、矢板の先端部分には高密度で圧縮された剛体(圧力球根)が出来、硬い地盤と一体化した鋼管矢板の連続壁が出来ることになりますし、また、大きな「引き抜き抵抗力」をもたらすことになりますが、その分、地中深くになりますと、打ち込みに必要な油圧の力は大になってきます。

追: 本稿を作成するにあたり河川改修工事の現場担当者の方々にヒヤリング調査と画像の提供にご協力いただきましたことお礼申し上げます。また、若生和夫氏による「工法・原理の発見によるマネジメントスタイル変革の可能性」と題する論文等インターネットで利用可能な情報を参考にさせていただきましたこと申し添えます。

 





author:bairinnet, category:科学に親しむ, 14:10
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何故、水運儀象台から近代天文学へつながらなかったのか?
 諏訪湖畔にある「時の科学館:儀象堂」に展示されている水運儀象台は、金によって滅ぼされる北宋王朝の末期1092年に建設された「水運儀象台」を精巧に復元したものです。上の方から、特定の星を観測するための「渾儀(こんぎ)」、その下に、「渾象(こんしょう)」とよばれる天球儀があり、多数の星が配置されていて、時間ごとにどの位置の星がみえるかがわかります。一番下には正確な時刻表示機能をもつ時計装置が設置されていて、動力に水を使用していることから「水運儀象台」とよばれます。下図はその画像です。



 さて、この「渾象」上にかかれた星(占術で使用された二十八宿など)はお互いの位置関係は変わりません。それゆえ、事前に天球儀上に印をつけておくことが出来ます。こうした星は恒星とよばれます。これに対して、太陽は天球儀上で季節によって位置をかえますから一点ではあらわせず、線分(黄道)で表示されます。恒星の位置が変化しない座標系として、渾象では赤道座標系を使用して天体の位置を表示しています。下図が水運儀象台に設置されている渾象(一種の天球儀)です。



この図の黒帯のようなのが赤道座標系にいう赤道であり、黄色の点線が下から赤道をよこぎっているのが黄道(太陽の通り道)です。黄道が下から赤道を横切る点が春分に対応しています。また、この春分点の上方に黄道周辺の恒星である二十八宿に属する奎宿(西洋星座のアンドロメダ座にかかわる)と壁宿がみえます。また、丸い円のような星は天厩(てんきゅう)という星座です。
 昨年11月19日の本ブログ「冬至線を守る(2)」で紹介しました球面三角法による天体(恒星以外の天体、例えば、太陽)の位置計算法でも赤道座標系を使用して、観測したい天体の位置を(赤緯、赤経)で表示します。これはこの渾象でも出来ます。ところが、天体の位置を計算するには、この他に、観測者の位置を示す(緯度、経度)と観測時間を示す「恒星時」を指定せねばなりません。このうち、前者は、地球が球体であることがわからないと出来ませんし、観測時間は、地球が太陽のまわりを公転しつつ自転していることがわからないと出来ません。
 それゆえ、11世紀では最先端の技術を開発した中国科学ですが、近代天文学、特に、任意の地点、任意の時間での天体の位置計算には、かなりの距離があったことがわかりますし、少なくとも、コペルニクスの登場が必要だったでしょう。何故、中国科学においてコペルニクスが登場しなかったのかを理解するには、理系の学問だけでなく、政治体制をささえる思想・哲学の面ともかかわってきますから、文系の学問分野との共同作業となります。
 ここでは地球の自転をわかりやすい形で展示した「フーコーの振り子」を上野の国立科学博物館で見る機会がありましたので紹介します。フーコーとはフランス人のレオン・フーコー(1819ー1868)のことです。1851年3月26日パリのパンテオンの巨大なドームに設置された振り子の錘を壁にとめているひもをマッチで焼き切ることで、実験は開始されました。
 当然ながら、振り子は重力のあるところでひっぱると摩擦が小であれば、いつまでも振動しつづけます。ふりこの釣り下げられた真下には円盤をおいて、時刻が表示してあります。下図は国立科学博物館での画像です。これを見学したのが午後4時半頃でしたから、振り子の錘の先端は16時半頃を指しています。


 

もしも貴方が正午にこの振り子をみたとしたら、振り子の先端は12をさしていたでしょう。ここからがおもしろいところです。振り子の振動する面は時間とともに動いたりしません。なぜなら、振り子はドームなりの天井の一点に固定されていて重力と慣性と多少の摩擦によって振動しているだけだからです。回転しているのは、この円盤の方なのです。円盤はもとより、円盤の固定されている建物の床、床の固定されている建物、建物の固着している地球自体が回転しているのです。地球の自転によって回転しているのです。
 この簡単な装置によって地球の自転を最初に実証したのが「フーコーの振り子」なのです。世界で最も美しい10の科学実験の一つといわれるのもうなづけます。上図の円盤には数字(時間)の表示されていない部分がありますが、これは東京といった中緯度では、円盤が一周する時間が24時間(360度)より長いためです。北極上では正確に24時間で一周しますが、北極から赤道に向かうにつれて一周する時間は長くなっていきます。
 ただ一つ残念なことは、国立科学博物館での展示は部屋の片隅でなされていて、振り子の釣り下げられている基点(これも地球の自転によって回転している)が観察されえないことです。やはり、もう少し大きなホールなどで展示したいものです。それと、東洋における科学技術史との関連で展示するなど工夫が必要と思います。ところで、観察させていただいた時に抱いた思いを七言絶句にしてみました。韻は上平声十四寒です:

国立科学博物館に傅科(フーコーの振り子)を看て感あり

上野公園博物攢   上野公園に博物(あつ)まる

地球自転久望看   地球の自転 久しく看るを望む

行尋迄認傅科  (ゆくゆく)尋ね(つい)に認める傅科(ふかはい)

盍吊高楼供大観 (なんぞ)高楼に吊して大観(たいかん)に供さざらん



   

 

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author:bairinnet, category:科学に親しむ, 06:21
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意志決定の科学:総合学科のカリキュラムとの関連にて
  高校に進学する中学生諸氏がまず直面するのはどの高校に進学するかだけでなく、普通科か職業教育に関係する専門学科(商業、工業、農業など)か、総合学科(これをもつ都道府県は少ないが)かなどを選択することです。これに関係するのが意志決定ですが、意志決定は受験だけでなく、就職や仕事上(商品開発や営業戦略や人事決定や投資決定など)や結婚など人生を通じて数限りなく遭遇する避けられないものです。
 とある県のとある高校の総合学科のカリキュラムは以下のようになっています:
二年次 古典、英語(2)、オーラルコミュニケーション(1)、ライティング、隣国の言語, 数学(B)、世界史、日本史、政治・経済
三年次 古典、国語表現、英語(3)、オーラルコミュニケーション(2)、ライティング,リーディング、数学(2)、教養数学、物理、化学、生物
となっています。諸外国とのつきあいには言語習得だけでなく世界との関わりでの自国の文化についてよく知った上で交流をはかることが必要ですからそれに関連した科目だけでなく、アリストテレスが強調したように、人間が人間であることの最大の特徴は言語を用いて他人とコミュニケーションすることでありますから、自己表現能力の向上にかかる科目がありますが、理系科目の必要性は何でしょうか? 
 政治・経済と数学、物理、化学、生物の全てにかかわる学問分野の例に「意志(意思)決定の科学」があります。大学の経済学では主として市場経済下での消費者や生産者や投資家の意志決定だけでなく、市場経済の働きに公共政策を用いて影響を与えようとする政策立案者の意志決定を学びますし、心理学では光や音や重さなどの人間の知覚や恐怖といった現象の認識のメカニズムや経済学では合理的でないとされる意志決定を何故人間はするのかの理由解明などを学びますが、近年、こうした分野の意志決定が神経科学の知見とかなり相関していることが判明しています。神経科学では、サルなどの動物が利得(甘いジュース)と利得をもらえる確率の異なる目標を選択する際の大脳の働きのメカニズムなどを研究していますが、こうした研究成果と経済学や心理学といった人間を対象として意志決定研究との関連が注目されるようになってきています。
 自由意志にもとづく選択とは何なのか、学習過程や記憶は人の選択にどのような影響を与えるのか、選択にともなう不確実性を進化の過程はどう扱ってきたのか、これまで観測されてこなかった現象に対処する際の意志決定はどうあればよいか、これらは一例ですが、そうしたことの解明に資することが期待されています。こうした学問分野を学ぶには上述した科目はどうしても必要になります。
 神経細胞が刺激をとりこみ、より上位の神経細胞に情報をつたえつつ情報を整理して対応(眼を動かしたり、腕を動かしたりなど)する仕組みを理解することをとっても、物理学や化学や生物学の知識が必要になりますし、実験を計画しその結果を検証するためには数学の知識も必要になります。
 本ブログで紹介した意志決定の科学の基礎知識は総合学科だけでなく、普通科や理数科に在籍している学生さんもそのつもりで科目選択すれば可能となるでしょうが、ここでの紹介が昨年11月10日のブログで紹介した、「現在学んでいることが役に立つのでしょうか?」という高校生さんの質問への参考回答になれば幸いです。
 
author:bairinnet, category:科学に親しむ, 15:32
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小松大橋の橋脚撤去工事(ニュートンの三法則とエネルギー保存則)
 当社の初詣は好天にも恵まれ多くの参詣者にお参りいただき、また、臨時駐車場設置には事業者はじめ関係者各位にはご協力いただき心よりお礼申し上げます。新年にはいり、また、河川が渇水期中に工事をしあげるべく関連工事が再開されています。昨年9月14日の本ブログで紹介いたしました旧小松大橋の撤去工事は、上部工の撤去が完了して、現在は、橋脚の撤去工事が開始されています。橋脚は河川内にありますから、そこまで重機が接近するために現在は、矢板を打って仮設道路をつくる工事が行われています。矢板は長さ10mと15mの2本の矢板をボルトで止めて、それを深さ25m近くの堅い地盤まで打ち込みます。下図はその模様を示しています。

この仮設道路が出来れば、重機でもって橋脚近くへいって橋脚の回りに矢板を打ち込んで水抜きをして橋脚を破壊・撤去することになります。このくい打ち機械でのくい打ちは地下20数mまで打ち込みますから、時には、堅い岩盤等があり、一定の力をかけての打ち込み速度が極端に落ちる場合があります。そうした場合には、どうしても力が周囲に分散して振動を発生するだけでなく、矢板の先端まで赤く熱してくる場合があります。
 当社ブログには「科学に親しむ」というカテゴリがありますが、この問題は、ニュートンの三法則と「エネルギー保存則」に親しむ格好のテーマです。上図の仮設路の上に設置されている重機はキャタピラー付きのクレーン(クローラ−クレーン)ですが質量は90トンあります。このクレーンに働く地球の重力の重さは882kN(キロニュートン)となります。このクレーンが少なくとも工事期間中、この場所に静止しているためには、この重さに等しいだけの反作用が仮設道路からクレーンに作用しなくてはなりません。いいかえれば、仮設道路はクレーンの重さに耐えうるだけの丈夫さをもたねばなりません。ここでは、ニュートンの運動の第一法則と第三法則(作用反作用法則)が使われます。第三法則については本ブログで紹介済ですが、第一法則とは「物体に力が働いていなければ、その物体の状態は変わらない。止まっている物はいつまでも静止し、動いているものは等速で動きつづける」というものです。この場合、作用(クレーンの重さ)と反作用が釣り合っていますから、力が働いていないことと同じになり、静止したままの状態を保持出来ます。
 次ぎに、何故、90トンのクレーンが必要かですが、これには、矢板を持ち上げる時にどれくらいの力が必要かからある程度理解できます。上図において、クレーンから釣り下げられた鋼線の先に爪のようについているものがありますが、これは「電動バイブロハンマー」とよばれるものですが、自重が4.7トンあります。このハンマーの先に矢板をつり上げるのですが、15mの長さ矢板をつり上げた時の重さは1メートルあたり172キログラムですから、15メートルの長さの矢板をつり上げた時には、ハンマーには、(172x15+4700)kg=7.28トンの重さがかかります。クレーンの腕の長さは29mですが、90トンクレーンでは下図のように、クレーンの中心から最大で26m先の矢板(長さ15m)を持ち上げるのが最大つり上げ能力とのことです。

 

 次ぎに、ニュートンの運動の第二法則やエネルギー保存則がどういう形で出てくるかです。これを理解するために、バイブロハンマー登場のはるか以前の工法に立ち戻って考えて見ます。昔は、櫓を組んで、重たい鋼鉄などを杭に打ち付けて土中に杭を打ち込みました。この場合、最初静止していた鋼鉄の塊をつるすヒモを緩めると速度を速めながら落下していきます。塊が落下するのは地球の重力にひっぱられて落下するのですが、このとき、鋼鉄の塊に作用する力の大きさは鋼鉄の質量(M)と加速度(a)の積に等しくなるというのが運動の第二法則です。この場合の加速度は地球の重力に等しいgの値になります。落下する距離をHメートるとすると、力(Force=Mgニュートン)に落下距離Hメートルを掛けますと、鋼鉄の落下によりForce H(単位はジュール)の仕事をしたといいます。ジュール(J)とは、1ニュートンの力で物体を1メートル動かした時の仕事量をしめし、毎秒1Jの仕事をする時の仕事率をワット(W)、1馬力を746Wといいます。これはまた、質量Mの鋼鉄の塊を高さHメートルまで静かに持ち上げるのにかかる仕事量のことも表していますから、高さHメートルのところに静止している質量Mの鋼鉄の塊はForce H=MgHジュールの位置エネルギーをもつともいいます。
 この鋼鉄の塊を地上に落下させると位置ネルギーは全て失われますが、別のエネルギー(運動エネルギー)という形で保存されるというのが、「エネルギー保存則」であり、この場合は「力学的エネルギー保存則」といいます。この運動エネルギーにより杭を地中に打ち込むわけです。鋼鉄の塊は加速度gでもって落下していきますが、加速度に経過時間tを掛けると、t時点での速度(V)=gtが求まります。それゆえ、t時間後に地上に落下するとしたときの落下距離は、底辺t、高さ V=gtの三角形の面積に等しくなりますので、gtt/2=VV/(2g) と求まります。鋼鉄のもつ力Force=Mgを距離に掛けますと、鋼鉄が速度Vで地上に落下したときの仕事量=MVV/2(ジュール)が求まり、これを運動エネルギーといいます。
 どれくらいの高さの櫓を組んで、どれくらいの重さの鋼鉄を使って杭を土中に打ち込むかはどれくらいの土の抵抗力に対処せねばならないかによります。そこで、鋼鉄の質量をM(バイブロハンマーであれば4700kg)、杭の質量をM'(15mの矢板であれば、2580kg)杭の頭から鋼鉄の塊までの高さをH(仮に20m)として、杭に打ち付けたときに、杭がXメートル(たとえば、1メートル)打ち込まれたとしたときの、土の抵抗力を求めてみます。
 Hメートルの高さにある鋼鉄の塊のもつ位置エネルギーが、全て運動エネルギーに転換したとすると衝突直前の鋼鉄の速度は
 V=√(2gH)
衝突直後の鋼鉄と矢板が一体となったものの速度(V')を求めるためには、「運動量保存則」を使います。物体の速度に質量を掛け合わせたものは「運動量」と呼ばれ、一つの物体が別の物体に衝突した時の運動量を作用とすれば、その反作用として同量の運動量が衝突された別の物体に与えられるというのが「運動量保存則」です。それゆえ、質量Mの鋼鉄の塊が速度Vで、矢板にぶつかり、鋼鉄と矢板が一体となって地中に速度V'で動いたとした時の速度V'は、衝突前後の運動量保存則から
 MV=(M+M')V'  より  V'=MV/(M+M')
となります。杭に加えられる土の抵抗力をFとすると、土の抵抗力が杭を停止させるまでに働いた仕事は
  FX(ジュール) (!)
これに対して、鋼鉄・杭の連合体がなした仕事の総量は
 鋼鉄・杭の運動エネルギーとして、
  (M+M')V'V'/2 (2)
が衝突とともに失われ、位置ネルギーはXメートル沈下したために
  (M+M')gX   (3) 
だけ失われます。(1)=(2)+(3)となっているから、鋼鉄・杭連合体は停止したことになります。これより、土の抵抗力Fの値が計算され、M=4700kg、M'=2580kg、H=20m、X=1m の場合には、Fは約666kN(キロニュートン)と求められます。
 以上の考察は、市販されている「14歳のための物理学」とインターネットで検索される質問サイトを参考にして可能となります。
 実際には、こうした原始的なやり方ではなく、バイブロハンマーを連続的に振動させて力を送り込んで矢板を打ち込んでいきますから、これの分析には、土の性質を考慮して運動方程式を積分などして求めねばなりませんから、大学レベルの知識が必要になります。何故、そうした勉強が必要かを知るには、昔の工法に立ち返ってみることも有用とおもいます。
 また、この場合は、橋脚の撤去のための仮設工事ですから、こうした工法がとられますが、堤防の改修工事や輪中堤構築のための地盤改良の場合には、土の抵抗力を出来るだけ小さくするように、水圧を利用したり、掘り進める刃を工夫したりして工事がすすめられています。
 最後に、熱や振動についてです。打ち込んでいった矢板が堅い地盤にあたったりすると、発電機を全開させてバイブロハンマーを稼働させても矢板は少しも打ち込まれない場合があります。こうした場合は、バイブロハンマーは振動していますから、振動のたびにバイブロハンマーは一定の仕事をしていますが、その仕事はもっぱら熱や振動といった形で周囲の環境中に費消されてしまいます。こうした場合には、ある程度まで目標震度まで進んでいる場合には、矢板の先端をつめたりして対処するなどしますが、こうした形のエネルギーのロスをなくすように工法が進化しており、それにともなって振動公害等の悪影響も減少していくことになります。
author:bairinnet, category:科学に親しむ, 11:29
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冬至の日の出線への河川改修工事の影響を確かめる
11月18日の本ブログ「冬至線を守る(1)」でもふれましたが、現在当社南側にて施工中の梯川改修工事、特に、堤防の増高工事により冬至の日の出の当社本殿地盤高への射入時間が現在の3分30秒から1分30秒になることが、国土交通省金沢河川国道事務所による机上の試算により明らかになっています。ただ、このことを現地において写真撮影等で確認することはこれまで実施されてはいませんでした。その理由の一つは、冬至周辺日において日の出を観察するのに適した天候になかなか巡りあえないことと、確認の手立てが見つからなかったことですが。今年は幸いにも可能となりましたので、ここにご報告いたします。  本年12月14日の日の出がきれいに観察しえたことと、増高工事の影響を確認する手立てが見つかったことです。下図は、冬至の日の出の当社本殿への射入状況を簡単に図示したものです。


点A(社殿真後)と点C(堤防天端との交点)は冬至の日の出線上にある座標のわかっている地点であり、冬至の日の出はまずは、白山山系の妙法山を越え、次ぎに堤防天端を越えて射入いたします。下図は、本年12月14日午前7時12分38秒時点の日の出模様です。冬至の日の出にかなり近い状況になっています。

11月18日の本ブログ「冬至線を守る(2)」で紹介しました解法と本年の理科年表等のデータを使用して、点Aよりみた太陽の高度を計算しますと 2.144236度となります。これと点Aー点C間の距離68.376mより、点Cの高さは2.56mとなります。点Aの標高(東京湾平均海面基準)は2.64mですから、上図の太陽が見える時点での点Cの高さは 5.2mとなります。現在、下図に示しますように、梯川の河川堤防強化策として鋼管矢板の打ち込みが行われていますが、担当業者よりの聞き取りでは、堤防天端の標高は5mとのことです。下図の工事写真が示しますように、重機が入るために堤防天端上には鉄板が敷かれていますので、5mよりはやや高くなっていると思われ、ここで計算した 5.2m という高さは妥当と思われます。ただ、気づくのがやや遅かったため、もうすこし早く入射した可能性があります。

 
確認する手立てが見つかったといいましたが、それは最初の図に示す配置図の点Bについてです。点Bは冬至の日の出線上にある当社授与品所の釘隠(くぎかくし)に日の出があたっていれば、当社本殿地盤高に日の出が射入することが判明したことです。それゆえ、このことを観察しておれば、射入時間幅を確認出来ることになります。ちなみに、下図は、12月14日の午前7時15分35秒時点の釘隠(白丸で表示)の状況です。釘隠に日の出が当たっています。ちなみに、白丸の左下にうつる人影は、観察に立ち会って頂いた業者の方の頭です。

この時の太陽高度を計算しますと、2.5度となりますから、点Cの高さは標高で5.625mとなります。今回の改修にともなる堤防増高工事により、天端は約40センチ高くなると計画されていますから、この射入状況は改修後も保持されることが判明します。下図は、今回の観察にて確認された、この釘隠にあたる日の出の最終時間である 午前7時16分35秒の釘隠の状況です。なんとか釘隠にあたっていますから、平成の改修工事による射入時間は今回の観測では約1分間となることが確認出来ました。この観測には時計の計時と二方向(日の出と釘隠)の撮影が必要となるため、ある程度の人数が必要となりますので、人数を揃えて観測すればより確かな確認が出来ることになります。また、今回の観測が可能となりましたのは、観測作業中は、冬至の日の出線上に鋼管矢板を置かないという業者の方の協力のお陰でありお礼申し上げます。

このように、冬至の日の出線は河川改修工事により短縮を余儀なくされますが、当社にかかわる河川改修工事により得られた各種知見はもとより、当社の歴史伝統文化の利活用をより盛んにすることで補わせていただく所存です。
  最後に1点補足いたします。太陽の放射強度は日の出から序々に上昇して南中で最大になり日没とともに零になります。それゆえ、日の出や当社への入射開始においても太陽の放射は序々に強くなってまいります。ちなみに、今回の観測において最初に入射が観測された午前7時12分38秒後の12分50秒時点の釘隠への太陽光の当たり具合を示すのが下図です。


かなり弱く当たっていますから、釘隠において入射光が明瞭に観察されるには時間遅れがあることを考慮して観測する必要があります。








author:bairinnet, category:科学に親しむ, 09:06
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冬至線を守る(2) 何故、太陽高度等の計算方法を知る必要があるか?
 
地球は1日24時間で自転しながら、太陽の回りを1年かけて公転しています。ただ、地球からみると太陽が地球の周りを1年かけて順行しているようにみえます。その様を示したのが下図です。

天の北極と天の南極をつらぬく軸が地球の自転軸です。黄道とは、天球上にみる太陽の通り道のことです。天の赤道とは、地球の赤道を通る平面が天球と交差する点を結ぶ線分のことです。 点Bは、地球からみて最も太陽が高い位置にあがる時ですから、夏至の太陽位置を示しています。これに対して、点Dは最も低い位置に太陽があがる時ですから、冬至の太陽位置を示しています。天の赤道と黄道との交点は二つあり、点Aは冬至と夏至の中間点の春分点を、点Cは夏至と冬至の中間点の秋分点を示しています。
 さて、天の北極は北緯0度ですが、ここからは冬至の太陽はみえませんが、私ども北半球中緯度に住む者からは冬至の太陽は見ることが出来ます。私どもの郷土小松市は北緯36.4度くらいですが、小松市からみた天球の様子を示したのが下図です。

原点0は私ども観測者の立地点を示し、点N(真北)と原点を通る平面は観測者の立つ地平面を示しています。点Pと点Oを貫くのが自転軸であり、角PONが小松市の緯度である36.4度になっています。点Tとは観測者から真上に見える点であり天頂とよばれます。天の赤道は自転軸に直角になる平面です。北緯が高くなり、北緯90度になれば天の北極は天頂に等しくなり、地平面は天の赤道と一致してしまいますから、天の赤道の下側に太陽が順行する冬至の時には北緯90度では太陽は全く見れなくなってしまし、終日夜となります。
 私ども中緯度では、冬至の時の最も高くなる太陽高度は赤線でしめした位置にあり、秋分や春分の時には点Eの高さに、夏至の時にはそれよりも高い位置に太陽が姿を現します。ちなみに、点Fとは当社の創建日である明暦3年2月25日頃の太陽位置を示しています。旧暦の年月日をグレゴリオ暦に換算しますと明暦3年4月8日になりますが、春分以降ですから点Fあたりになります。創建日の旧暦2月25日は御祭神の菅原道真公のご命日であり、冬至からご命日までの期間は、菅公が太宰府にて最もご苦労された日々であり、無実の罪を天に訴える漢詩を詠んでおられます。11月25日のお火焚神事では菅公の漢詩を地元の漢詩・詩吟愛好家の方に吟詠していただくことになっています。
 天球上の太陽の位置は下図に示す赤道座標系にて表示します。


X軸は原点と天の赤道上の春分点を通る軸で表します。Y軸はX軸に直交する軸であり、Z軸は垂直軸を表します。天球を半径1の苑で表示し、天球上の太陽の位置を点Eで表すと、天球上のE点は赤経αと赤緯δで表示されます。赤経とは春分点よりはかった線分OEまでの角度のことです。E点を座標表示すると
   L=cos(α)cos(δ)
   M=sin(α)cos(δ)
   N=sin(δ)
となります。地球は一日かけて自転しますから、天の赤道を一周すると24時間、それゆえ、赤経の値は360度と24時間を対応させて時間単位で表示されます。赤緯とは、線分OEの(X,Y)平面への射影が天の赤道に交わる点から測った線分OEまでの角度のことであり、これも時間単位で表示されます。
 次ぎに私たちになじみの地平座標系を示すのが下図です。

地平座標系の原点は観測者の立地点を示し、x軸の正方向は原点から真南の方向にとり、y軸(の正方向)は原点より真東の方向に、z軸は地平面に垂直な軸となります。地平座標系でみた天体(太陽)の位置は二変数、方位角と太陽高度で表示されます。方位角(A)とは真南からはかった天体の位置までの角度を示し、太陽高度(h)とは文字通り地平面よりはかった太陽の高度のことです。
 天球上の太陽の位置は地球の公転運動によっても自転運動によっても変化していきますから、どの時点の太陽の位置を観測したいかを示すには時間を指定する必要があります。この変数が恒星時(Θ)とよばれるもので、経度0度の世界時0時(日本時間9時)のグリニッジ視恒星時(Θo)に観測点における観測時間を足し合わせた値に依拠して求められます。ただ、地球が自転により一回転する時間は24時間より若干短いため、24時間では約360.986度回転するとして計算します。
 具体例として、今、東経136.4486度の観測点での平成20年12月21日(冬至)午前7時23分の恒星時を求めると、理科年表よりΘo=89.9375度、観測点の経度=136.4486度となります。観測時間7時23分は標準時9時よりも1時間37分前ですから約1.6166時間前となり、標準時よりも(1.61666/24)360.986度だけ少なく進むことになります。これら3つの度数を足し合わせたもの(最後の数字はマイナスで足す)が、観測点における恒星時Θ=202.07度と計算出来ます。
 11月14日の本ブログで紹介した座標変換の式を応用すると、赤道座標系と地平座標系を対応づけることが出来ます。すなわち、赤道座標系(X,Y,Z)のZ軸を軸として正の向きからみて反時計回りに恒星時Θだけ回転させた座標軸(X',Y',Z)とし、これのY'軸を軸として、正の向きからみて反時計回りに(90度-緯度)だけ回転した座標系を考えると、これが地平座標系(x、y、z)に等しくなります(詳細は、長沢工著、天体の位置計算、参照)。この対応づけより、以下の基本式が求まります。基本式の左辺は、E点の地平座標軸(l,m,n)表示です。
  cos(h)cos(A) = - cos(φ)sin(δ) + sin(φ)cos(δ)cos(Θ-α)
  - cos(h)sin(A) = - cos(δ)sin(Θ-α)
    sin(h)           = sin(φ)sin(δ) + cos(φ)cos(δ)cos(Θ-α)
ここで、(α、δ)は観測日時における天体(太陽)の位置をしめす(赤経、赤緯)の値であり理科年表より求められます。(φ、λ)は観測点の(緯度、経度)、θは観測時間を示す恒星時です。これら5変数の値を使用すると、観測地点からみた観測時間における太陽の方位角と太陽高度を求めることが出来ます。ただし、大気層を通過する太陽光は地球の球面に沿ってやや上に凸に曲がって、大気がない場合に比較して、やや浮き上がった形で観測地点に到達します。この浮き上がりの角度が「大気差」とよばれるもので、実際には、地平線下にあっても大気差のために、日の出が観察者に見える時間は早まることになります。それゆえ、上の基本式で求めた太陽高度(h)に大気差を加える形で補正した値が正確なhの値となります。この補正式については前掲の長沢氏の著書などをご覧下さい。
 この公式を使用して、前回のブログで行った質問の一つ、冬至の日の出線を妨げないように防風雨雪対策(補植含む)をする位置を求めてみますと、本殿北東端の真北より時計方向にはかった122.15度線が堤防にあたる点より西側となります。また、このようになるのは冬至の日の午前7時23分30秒となることが計算出来ます。太陽光を直接目で観察することは目にもわるく困難ですが、こうした定量的な裏付けがあれば、入射光の正確な観察も可能となります。補植位置の同定を例にとれば、現場でこの角度地点に移動可能な遮蔽物をおいて、入射光をブロックすることにより、計算で求めた角度の検証も可能となります。また、この冬至線近傍にある創建時からの建物配置と冬至の日の出の時間推移を調査することにより、自然と人為の関わりに込められた願いの考察にも進めます。
 太陽高度や方位角の計算といったことは、国立天文台や国土地理院提供のインターネットサービスを利用すると精度よく(たとえば、大気差補正済の太陽高度の値を)計算してもらえますが、ここで紹介した身近な疑問を丁寧に解決していこうとするとどうしても解法について熟知しておく必要があります。このことを理解して頂ければ幸いです。長文のブログにおつきあいいただきお礼申し上げます。



author:bairinnet, category:科学に親しむ, 07:06
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小松城の水の取り入れ口を探す(行列式に親しむ)
  高校生が数学への興味をなくしだすのは1年生の2学期からといわれます。1学期は中学の復習的な学習であり、本格的に高校数学が開始されるのが2学期からによることにあるようです。今回は身近な例をとって高校数学、特に、行列式の有用さを紹介いたします。 
 安永9年(1780)より天明5年(1785)まで小松城の城番を勤めた冨田景周は、小松城の水回りについて「小松城の塹(堀)は梯川の水也。其水口は梅林院の向より入。。。。」と彼の多くの著書の一つに書いています。梅林院とは当社別当居宅の名称ですが、神社のことも含めて称することもありました。ただ、前回11月10日ブログ掲載の地質断面図中の番号1から番号2の間が広義の梅林院区域ですから、これの向かいのどこかに小松城の水口があったことになります。身の周りの具体的な事例をつきつめると一般的な知識に到達しうる例として、かって社務所にて実施しました、この水口を探す作業を紹介いたします。小松城を描いた小松城の絵図は多数ありますが、当社関係の出版物に掲載されているのが下図です。

江戸時代の古絵図に小松城の水口は明記されているし、確かに、当社域の向かいにあります。水口あたりは明治から昭和にかけての河川改修により改変されていて、現状からはどこにあるのは定かでないし、現在の地図である国土基本図にも水口らしいものは見当たりません。
郷土史家犬丸博雄氏の研究より、小松城を描いた精巧な地図として金沢市立玉川図書館蔵の「「小松城内分間絵図」が同定されています。この絵図は、磁北を北にとり、一寸角の碁盤格子が赤線で記入された中に城内および周辺域を描いています。10間=600寸を1寸で表しているから縮尺1/600で描いたものですが、残念ながら梯川左岸(城内側)のみで、当社は描かれていません。かたや、現在利用可能な国土基本図は、真北を北にとった地図です。「分間絵図」と「国土基本図」の両者ともが正確な絵図だとして(後者が正確なのは自明)、両者を対応づけるには、二つの未知数があります。一つは、偏角(磁北と真北との角度差)であり、もう一つは「分間絵図」の単位距離を「国土基本図」の単位距離に変換する比例定数です。
 未知数が二つですから、「分間絵図」が描かれた時と同じ位置に位置していて緯度経度が判明している地点が少なくとも二つ必要です。一つは、3月23日の本ブログで紹介した小松城天守台に設置されている二等三角点です。これの緯度経度は判明していますし、「分間絵図」にも上図(左方の赤丸印)にも明記されています。もう一つは、当社対岸に鎮座の「葭島神社」(藩政期には稲荷社)鳥居前道路中央です。上図の右上方の赤丸印「葭島神社前」と書いてある地点です。数少ない不動点の一つとして貴重な地点です。ここは公道のT字路にあたる地点であり、緯度経度が存在しています。緯度経度は北緯東経の値ですが、これを国土地理院提供の「測量計算」サービスを利用すると、平面直角座標値に変換してくれます。
 以上をまとめて、以下の図が得られます。

 赤線で描いた座標は現在の真北を上にした平面直角座標であり、黒線で描いた座標は「分間絵図」の磁北を使用した平面直角座標です。共に、原点は小松城天守台をとっており、点Bは葭島神社鳥居前道路中央を示している。線分OA (=x1)、AB (=x2)の長さは「分間絵図」上の格子数より測定し、線分OD (=y1)、DB (=y2) は緯度経度からもとめた平面直角座標値から求めることが出来ます。もちろん、(X1,X2)と(Y1,Y2)を同一原点で記入するためには、(X1,X2)は「分間絵図」の格子数に距離の比例定数(a)を掛け合わせたもの(X1*a, X2*a) になっていますが、ここではしばらく略して記すことにします(*はかけ算記号)。
 角BEA=角EOD=角X2OC がもう一つの未知数の偏角(b)です。それゆえ、問題は二つの座標間の対応より、二つの未知数が求まれば、「分間絵図」上に明記されている小松城の水の取り入れ口(水口)の平面直角座標値が求まり、現在地を同定することが出来ます。ここで、OE = z1, EB = z2 とします。
 第一の対応関係 tan (b) = (x1-z1)/x2, y1= z1*cos(b) より 
   (1)式  y1 = x1*cos(b) - x2*sin(b)
が求まります。
 第二の対応関係 (y2-z2)/y1 = tan (b), x2/z2 = cos(b) より
   (2)式  y2 = x1*sin(b) + x2*cos(b)
が求まります。これを行列表示すると



となります。この式は座標(X1,X2)から座標(Y1, Y2)への変換式を示しています。ここで、(X1,X2)が (X1*a, X2*a) であることを思い出し、「分間絵図」よりの測定値および平面直角座標値を挿入してみます、すなわち
  y1 = 514.0293 m(メートル), y2 = 229.19216 m
      x1 =   27.85* a                  , x2 = 11.233*a
を挿入して計算すると二つの未知数として次が求まります。
   距離の比例定数(a)= 18.74162 m/10間
         偏角(b)      =    真北から西偏 2.06468 度
 伊能忠敬が蝦夷地の測量を行った1800年頃の偏角は、全国的にほぼ0度(磁北と真北がほぼ一致する)で、その後、西偏しています。富山市科学文化センターの渡辺 誠氏らのグループによる科学研究費成果報告書(2006)の第二章には、遠藤高欧蕕文政13年に加賀藩に提出した「金沢測量図籍」と国土地理院発行の1万分の1の地図の重ね合わせ等により、
   金沢測量図籍の一間の値=1.818m
   偏角         =西偏1.75度
と計算しています。この偏角の値は、文政7年(1824)に遠藤高欧蕕行った偏角測定値である西偏1.75度と同一値となっています。これらのことから、「分間絵図」の作成されたのは、明治維新前かつ1824年以降と推定されます。
 未知数の値が求まれば後は早い。「分間絵図上で水口の座標値を1寸角格子数で測定して、それに距離の比例定数を掛け合わせて、上の行列式に挿入すれば、天守台を原点とした時の平面直角座標値が求まり、それと、天守台の平面直角座標値を足し合わせてみると、世界測地系での水口の平面直角座標値として
   X= 46289.984 m
        Y =  -64379.559 m
が求まり、国土地理院の「測量計算」プログラムより、水口の緯度経度として
   北緯  36度24分54.18096秒
   東経  136度26分55.64596秒
が求まり、これは当社十五重塔中心より約180度南(真南)にあることが判明いたします。
 下図は当社の十五重塔前の堤防より見た対岸の水口跡(白いポールあたり)です。

現在、水口跡は堤防と道路の形で保存されており、土地の人より、かってここに水口跡があったとの証言も得られています。
 高校数学でならう行列式を用いた座標変換式はいろいろな座標の変換に使用される一般式ですが、具体例からこの一般的な変換式に到達することが出来ることを知ると、一般式の勉強にも関心をもてるのではないでしょうか。前回ブログで紹介した社会人講師の方々が異口同音に答えていたように「高等学校で学ぶ学習内容は後年必ず役に立つ」のですから、前向きに学習に取り組んで下さい。また、全国各地で日々行われている諸活動が高等学校で習う一般原則の具体的事例になっていることの広報が組織的になされれば、高校生諸氏の勉学意欲の向上にも資することとなり、少なくとも、数学がきらいにならないで大学に進学する諸氏が増加することに資するのでないでしょうか。
 なぜ十五重塔の向かいか? これは文系の本格的な質問であり、創建当時の時代思想や4月25日の本ブログで紹介した「作庭記」の影響や類似の事例の調査を経て答えらしきものの得られる質問ですが、現実世界の問題は理系、文系総合の知識が必要になることが多多ありますから、幅広く学習することも大切と思います。最後に、小松城天守台に設置されている案内板を下図に紹介します。水口が十五重塔に向かい合って描かれていないのは、こうしたことの知られていなかった頃に案内板が作成されていることと、おおまかな位置関係と明記されていますのでやむを得ません。ただ、水口も当社も天守台も稲荷社(葭島神社)も明記されていますが、東側が省略されているため、当時からの不動点である葭島神社鳥居前道路中央地点のあたりの描かれていないのが残念です。






    

author:bairinnet, category:科学に親しむ, 07:16
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