RSS | ATOM | SEARCH
乾隆帝の龍飾と参道形態 (Dragon ornament of the Qianlong Emperor and the shrine approach path)
我々の住む地球上からは、北斗七星は図1のように、7つの星がつながって柄杓の形のようにみえます。
 
     
 
奈良県の飛鳥歴史公園内にあるキトラ古墳に描かれた星宿図(天文図)にも北斗七星が描かれていますが、最初の5つの星と残りの星を分けて描かれています。このような場合には、最初の5つの星の部分は「北斗」とよばれます。図2が、キトラ古墳に描かれた図の模写です。

    

 
 
本年1月27日放映のNHK BSプレミアム「中国王朝 よみがえる伝説:乾隆帝と謎の美女・香妃」において、清王朝第6代皇帝で 王朝の最盛期を築いた乾隆帝(在位1735-96)の墓から出土した「北斗七星龍飾」の画像が初めて公開されました。この画像は、2月6日付けのとある週刊誌にも掲載されています。

  皇帝の身にまとう衣服につけられた黄金のブローチですが、それに真珠で縁取った北斗七星がつけられている豪華なものです。これは,皇帝が身につけるものですから、地上から見るのではなく、天のはるかかなたにいる天帝から見た北斗七星の形をかたどっています。それを模写したのが図3です。緑色線の部分がキトラ星宿図に描かれた「北斗」の部分です。

   
     

 小松天満宮の創建以来の参道形態をGoogleマップの画像(誤字訂正)上に緑色線で表示し



た図が、図4です。なお、社殿は南面しています。

  
「北斗」の番号1のところに社殿(shrine main building)が番号3のところに神門(shrine gate)があり、番号5のところに鳥居(torii, a gateway to a shrine precinct)があり、龍飾にみる「北斗」の形をしています。創健者の加賀藩三代利常公は殖産興業の観点からも、家臣を長崎に派遣して積極的に中国文物を購入していましたから、このような龍飾にみる北斗七星の形をご存じだったのかもしれません。
 天神様がご覧になっておられる、そのような気持ちで参詣者が参道を歩まれる、にふさわしい参道形態といえます。

 
author:bairinnet, category:特徴的な社殿配置, 08:53
-, -, - -
創建日の日の出と東参道
 当社HPでも紹介していますが、当社の社殿配置は冬至の日の出と創建日の日の出を受け入れるように配置されていることが特徴の一つです。昨年12月22日の当社ブログでも紹介しましたが、本殿と神門が冬至の日の出線上に配置されています。当社の創建日は明暦3年(1657)の2月25日(菅公のご命日)です。「日本暦日原典」より、明暦3年2月1日のグレゴリオ暦換算日は3月15日ですから、旧暦2月25日はグレゴリオ暦の4月8日になります。残念ながら今年の4月8日の日の出の画像は撮れませんでしたが、本日4月12日の日の出画像をとることが出来ました。当社の東参道沿いに日の出があがってくるのを見てとれます。東参道を通って本殿方向に創建日(菅公のご命日)の日の出が上がり、冬至の日の出が神門を通って本殿方向に差し込むように参道と社殿の配置がされています。また、この二本の日の出線の間に梅林院が建てられ、毎月25日に月次連歌会をするようにと創健者(前田利常公)が命じられていました。なお、本日はウグイスの初なきが梅園できかれました。
author:bairinnet, category:特徴的な社殿配置, 06:29
-, -, - -