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平成30年2月の豪雪によるスダジイの枝打とようやくの梅の開花

 

今年の小松地方は、昭和38年、昭和61年につぐ戦後3番目といわれる豪雪(29日までに104僉砲砲澆泙錣譴泙靴拭213日にもかなりの降雪でしたので、昭和38年以来になっているかもしれません。

 下図は、28日の社殿廻りの積雪状況です。社殿を北風から守ってきているスダジイの大木も雪をかぶって南側(社殿側)に大きく垂れ下がってしまいました。

 

このスダジイは輪中堤建設と排水路建設にともない、スダジイ北側の枝打ち、根切り、北側に隣接する仮設排水路の水位高により悪影響を受け、樹勢も低下してきていましたので摘果剤散布等の養生策がとられてきたものです。

南側の枝葉が降雪で垂れ下がりつづけることは、幹の傾斜をもたらし、ひいては根切りされている北側の根元が浮き上がって倒木のリスクをもたらす可能性もあり、愛樹研究所の松枝所長殿の指導のもと、出入りの造園業者さんに至急枝打ちをしていただいた後の状態が下図です。ただし、下図の左上の枝先端部分を2/5程 透かす作業は、造園業者さんではなく、木こりさんに頼まないと無理のため、別の機会にすることとなりました。

 

 

 例年なら、1月中に開花する梅園の紅梅の開花は遅れて、降雪が一段落した2月16日に、ようやく梅園の紅梅が5輪ほど開花しました。今年は、例年より1ヶ月以上開花が遅れているようです。

 

 

 

 

author:bairinnet, category:鎮守の森と河川改修, 16:40
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H30年初詣臨時駐車場のご案内

 

当社を分水路により現在地に保全する梯川分水路工事も完成しましたが、初詣期間中は分水路にかかる天満橋からの車両通行は出来ませんので、徒歩にてお参りください。また、下記のように、臨時駐車場3ヶ所(P1,P2P3)を準備いたしましたが、駐車可能台数が限られていますので、極力、徒歩にてお参り頂きますようにお願いいたします。3ヶ所の臨時駐車場は大晦日から正月3日までご利用いただけます。警備員が誘導する際には、その案内によりご参詣ください。


               臨時駐車場概略図

 

 

以下に各臨時駐車場の現況画像を示しますので参考にしてください。

 

 

次に、P2の現況画像を示します。

 

 

次に、P3の現況画像を示します。

 

 

author:bairinnet, category:祭典・行事, 05:54
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北陸には珍しい好天のもと、梯川分水路が県内各地よりの散策者でにぎわう

 本来なら恵比寿講荒れの荒天の季節ですが、今日はのどかな好天にめぐまれ、七尾市や金沢市など県内各地からの行楽客で梯川分水路は賑わいをみせました。北西方向から小松大橋・白山方向をみての分水路と天満橋と境内付近の画像です。空は真っ青です。遠方からの行楽客の方々の中には事前に調べてこられているのか、小松城跡に出かけられました。

 

 

 

 

分水路を歩いていますと、鳥居越しに白山が望めました。

 

 

分水路によって浮島の宮となった天満宮を囲む輪中堤上の散策路には、ところどころに説明盤が設置され、これにはQRコードが添付されています。スマートフォンをお持ちの方々には、これを読み込んでいただきますと約130秒の音声画像説明がみられますので、ご利用ください。

 

 

 このQRコードは天満宮境内にも数か所設置されていますので、境内の案内にもご利用ください。

 

author:bairinnet, category:地域振興, 14:39
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梯川分水路竣工記念の諸行事の斉行

長年工事が行われていました梯川分水路の竣工を記念しての事業官庁等による記念式典が来たる1119日に斉行されることになりました。これに先立ち、各種の記念行事が当社境内にて執り行われました。

111日には、当社創建360周年と分水路完成を祝して、創作漢詩石碑奉納式と除幕式が斉行されました。当社御祭神の菅原道真公は、中国固有の漢詩文学の模倣を脱して独自の日本的漢詩文を大成して、日本文学史上最も精彩ある平安文学を開く一つの原動力となった方です。第二次大戦後の欧米文化の大流入と共に漢詩文は長らく影を潜めてしまいました。そうした時代風潮の中でたゆまず創作漢詩を続けられた郷土の漢詩人が大西 勉殿であり、菅公千百年祭における創作漢詩奉納を契機に氏が創設されたのが「小松梅林吟社」であります。この度、重なる慶事を祝い、小松梅林吟社有志の方により「創作漢詩石碑」一基が冬至の日の出線上近くに奉納されました。下図は除幕式後の画像です。

 

 

冬至の日の出は当社の神門から本殿方向に差し込んできますが、神門に差し込む朝日は白山山系の妙法山上から射し込んできます。石碑は四面からなり、各面に漢詩が刻されます。まず、白山の方向を向いた側に、親子二代にわたり漢詩創作に親しまれている石田寛人殿の白山を詠んだ漢詩を、社殿方向に当社早春風景を詠んだ大西勉殿の漢詩を、残り二面には「小松梅林吟社」会員より全国的な創作漢詩大会に最初に入賞された安田裕子殿と能登外茂次殿の漢詩が刻されています。

11月1日から7日にかけては当社梅園奥の渡り廊下にて、小松梅林吟社各位による創作漢詩展が開催されました。

 

この漢詩展には、ホールインワンを達成された会員を祝しての漢詩(下図)など多彩な内容の創作漢詩が展示され、多くの見学者で賑わいました。

 

 10月30日には、創建360周年を祝しての能楽奉納が去る6月3日に開催されたことを記念しての能楽奉納記念碑が小松能楽会有志各位により社殿前方に奉納され、また、11月4日には郷土の書家であります山本穆子殿により梅園内に紅梅の献木がなされました。

 11月6日-7日の両日にわたり、竣工間近の分水路見学会が金沢河川国道事務所職員各位の案内により多数の参加者を迎えて開催されました。

 

 

また、6日から7日の両日に当社宝物館の一般公開が行われ、当社創建の棟札や本多政長による当社縁起書や江戸琳派の酒井抱一や当社社頭を描いた山本光一の扇面画や梯川対岸より当社方向を望んでの山水画(久保田米僊画)などの宝物展示に加えて、河川改修にともなう諸調査により明らかになった当社の文化・自然的特徴をとりまとめたパネル展示が行われました。

 

 

author:bairinnet, category:祭典・行事, 06:33
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梯川分水路完成記念行事のご案内

 本年は当社創建360周年にあたり、その記念行事を63日から6日の間に斉行したところですが、国土交通省金沢河川国道事務所により平成12年より施工されていました梯川分水路工事が平成2911月下旬に竣工を迎えることになりました。この工事は、平成111月に定められた石川県都市計画決定により、地域の歴史・文化、周辺景観との調和に配慮し、まちづくりと一体となって実施されてきた工事です。当社を創建の地に保全しつつ、分水路工により河川改修工事が施工されてきました。下図は、竣工間近の分水路と当社境内の状況を示しています。

 

 

 

竣工に先立ち、以下のように記念行事を執り行いますので、ご案内申し上げます。

 

日時: 平成29年11月6日(月)、7日(火)の両日

  行事内容:

 1)宝物館公開 午前 9 時から午後 3 時まで

 2)梯川分水路工事見学会

両日とも一日4回(午前10時、11時、午後1時、2開催。なお、竣工式前の特別見学会ですので、参加者各位には, こちらで準備するヘルメットを着用していただきます。

 3)小松梅林吟社創作漢詩展

      当社梅園奥の渡り廊下にて展示いたします。

 

なお、公道から天満橋を通り、参道(坂路)を通って鳥居から境内地にお進み下さい。鳥居前にも駐車空間がありますが、広い場所ではありませんので、下図に示す臨時駐車場2ヶ所(P1,P2)をご使用下さい。警備員が誘導する際には、その案内によりご参詣ください。


         臨時駐車場概略図

  

以下に各臨時駐車場の現況画像を示しますので参考にしてください。

 

 

 

 

 

author:bairinnet, category:祭典・行事, 20:17
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梯川分水路の水位低下効果、台風5号により実証さる

 

本ブログでは、ほぼ完成している梯川分水路の水位低下効果について報告いたします。事業官庁の金沢河川国道事務所は、昭和46年以来工事が進められてきた河口から6kmまでの川幅を1.5倍に広げる河川拡幅と上流の赤瀬ダムの建設により2mの水位低下効果が発揮されたことが、今回の台風5号により判明したと814日に公表いたしました(金沢河川国道事務所のホームページ参照)。本ブログでは、河口から3km付近に立地する当社境内地を迂回する形で建設された梯川分水路が造成されていなかった時(平成25729日発生の大水)と造成・通水されていた今回の台風5号来襲時の、小松大橋(河口から3.2km)での最高水位と累積雨量の比較にもとづいて、分水路の水位低下効果について報告いたします。

 

目次

1)梯川における河川整備事業

2)分水路方式による河川整備の実施

3)梯川におけるこれまでの出水状況:最高水位と累積雨量

4)台風5号の襲来と梯川分水路の水位低下効果

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本文

 

1)梯川における河川整備事業

 

 明治30年に石川県管理となって以来、石川県小松市を流れる梯川では明治44-大正2年、昭和5年-11年、昭和12-18年にかけて改修工事が実施され、昭和46年度からは国による直轄事業として川幅を1.5倍に広げる等の河川整備事業が実施され、河口から3km付近に立地する当社付近を除いて、河口から6km付近までの引堤工事が完成しています。これまでに、河口から5km(小松新橋)から6km(白江大橋)にかけての拡幅により70cmの水位低減効果を発揮していることが判明しています(詳細は、金沢河川国道事務所HPを参照)。

 

2)分水路方式による河川整備の実施

 

 当社境内地を中の島とする分水路方式により川幅を1.5倍に拡幅する分水路整備事業が平成24年から開始され、平成29年7月末現在で分水路は通水状態になり、今年の11月中に付帯設備を含めて全体が完成することになっています。(詳細は、金沢河川国道事務所HPを参照)。

 

3)梯川におけるこれまでの出水状況:最高水位と累積雨量

 

 梯川におけるこれまでの最高水位は、河口から9.9kmにある埴田観測所において、平成25年7月29日の午後5時20分に観測された5.23m(水位はT.P単位)です。当社付近にある小松大橋(河口から3.2km)のこの日の水位は午後6時で3.76m、午前3時から午後6時までの15時間(降り始めから最高水位を記録する迄の経過時間)での累積雨量は217mmでした。この平成25年7月29日午後5時半の小松大橋付近の画像が図1です。この時の水位は3.7mでした。

 

 

 川は左から右に流れ下っていて、手前は当社の南側に工事中の輪中堤建設のための鋼管です。小松大橋の橋脚ぎりぎりにまで水位が上昇しています。この時は、当社境内域からの排水路が未整備のため、境内全域が水没してしまい、その対応におわれて対岸からの画像をとれませんでした。そこで、同様の河川水位になった平成18年7月17日午前10時に対岸(梯川の左岸側)から当社をみた画像が図2です。この時の水位は3.73mでした。

 

 

 

右岸堤防の天端近くまで河川水位が上昇していることがわかります。

 河口付近から改修のすすんでいました梯川の改修工事は、現在では、当社をとりまく分水路も概成しています。そのような時に来襲したのが今回の台風5号でした。平成2988日の午前11時に、上流の埴田観測所(河口から9.9km)では、87日午後10時から88日午前11時までの累積雨量が189mmで、午前11時に最高水位4.56mを記録しました。この水位は、平成25年の時の水位よりは低めでした。

 これに対して河口から3.2kmにある当社付近の小松大橋では前日の午後10時から88日の正午までの15時間での累積雨量が196mmで、この正午に最高水位2.58mを記録しました。

 最高水位までの累積降雨量では平成25729日の午前3時から午後6時までの15時間で217mmに対して、平成298月の台風5号来襲時の場合は、87日の午後10時から88日の正午までの15時間での 196mmですから、平成25年の方がやや多くなっています。

 河口より3.0km付近の当社より下流側の河川拡幅工事の完成した平成17年の1年後の平成18717日の大雨時には降り始め(前日の午後11時)から小松大橋付近(河口から3.3km)での最高水位3.81mを記録した17日午前9時までの11時間で累積雨量149mmでした。平成25729日の場合は、最高水位3.76mを達成した午後6時までの15時間で累積雨量217mmと平成18年よりも68mmも累積雨量が多かったにもかかわらず最高水位はやや低くなっています。

 最初の降雨までに降雨がない場合と降雨があった場合では、河川への流出量が異なると考えられます。そこで、小松大橋での最高水位を記録するまでの48時間累積雨量を、梯川の雨量の基準観測点であります尾小屋雨量観測所でのデータを調べてみます。平成25727日午後7時から729日午後6時までの48時間雨量は217ミリと15時間雨量と変わりません。ところが、平成18715日午前10時から717日午前9時までの48時間雨量は256ミリと11時間雨量よりも大幅に増加し、平成257月の時よりも累積雨量が40ミリも増加しています。

 一般的にいって、降雨量が長時間かけて降った場合よりも短時間で降った場合の方が、地域の市街化率が高まっている現代では、水位にあたえる影響が大になっていると考えられます。それでも、H25年時よりも48時間雨量がかなり多くなっているH18年時における河川の最高水位が高めになっていることは、48時間累積雨量の与える影響も無視出来ないことを示しています。

 

4)台風5号の襲来と梯川分水路の水位低下効果

 

 今回のH298月の場合は、48時間雨量が199mm15時間雨量が196mmとなり、H25年時と同様に、短時間での降雨にあたり、経過時間も同じです。経過時間15時間の累積雨量がH25年の216mmに対してH29年が196mmです。

 H25729日大水の場合は、累積雨量216mmの午後6時に最高水位を記録しましたが、累積雨量198mmの午後5時に最高水位3.6m、累積雨量180mmの午後4時に最高水位3.37mを記録していました。これより線形補間すると、累積雨量196mmでの最高水位は3.574mと推定されます。H25729日大水において、最高水位までの累積雨量が196mmであったとした時の最高水位は3.574mと推定されます。

 

 実際に計測された最高水位は、H25729日の推定最高水位3.574mに対して、今回の台風5号来襲時の最高水位は2.58mとおよそ1m程度減少しました。大きく減少したといってよいでしょう。

 

 平成2988日の正午過ぎの小松大橋付近の画像が図3です。

 

 

図1の平成25729日の小松大橋の橋脚の河川水位画像に比較しても平成2988日の河川水位は低くなっていることがわかります。

  88日の同時刻に左岸側から右岸側に構築された輪中堤を望んだ画像が図4です。輪中堤の向こうに当社境内が望めます。また、平常時の同様の画像が図5です。

 

 

 

 

 平成25729日と同程度の降雨量にもかかわらず河川水位が平成25年時の水位よりも小松大橋付近で上昇しなかったことの主原因は、平成25年から平成29年にかけて建設された梯川の分水路です。図6は平成2988日の正午過ぎにおける分水路の画像です。また、図7は平水時における分水路の画像です。

 

 

 分水路の深さは梯川本川と同じ深さですから、図6において水位の上にでている輪中堤の段数は、図4に示す本川側の輪中堤の段数(3段)と同様になっています。

 以上より、梯川で過去最高水位を記録した平成25729日の降雨量規模に近い降雨量規模となった今回の台風5号襲来時の小松大橋での最高水位が1m近く低下したことは、分水路による梯川改修効果を実証しているといえます。

 なお、平成25年時に経験した当社境内地における地下水位の上昇による高木の根腐れが、排水路の完成した当社境内地において再現するかどうかは、今しばらく地下水位の動向を見守る必要があります。

author:bairinnet, category:神社と河川改修, 05:18
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能舞台における献花式(記念行事その4)

 

 創建360周年記念行事(その4)として、平成29年6月4日(日)午後2時半より、神事につづいて能舞台において、古流柏葉会の奉仕による献花式が斉行されました。何故鏡板とよばれるかについては、諸説があるようですが、後述する能楽用語サイトによれば、観客席におられる神様を映す板といわれるからとされます。古事記に記される天の岩戸のお出ましに使用された鏡について記す古事記の記述からしても納得しうる説といえます。それゆえ、鏡板の前での献花作法は、まさしく神様にお見せするための作法といえます。

図1は献花奉仕中の様子を示しています。

 

2は能舞台鏡板前に並べられた献花を示しています。

 

 

当社鏡板に描かれた松と梅、脇の鏡板に描かれた若竹にあわせて、中央向かって右側には梅を主位にして、松とつばきと菊の花を添えて生けられ、中央向かって左側には松を主位にして、つばきと菊の花を添えて生けられています。当社社殿の連子窓の格狭間(こうざま)には、上位(向かって右側)に梅が、下位(向かって左側)に松が彫られています。また、能舞台上では、観客に向かって左側が上位といわれますので、それらに合わせて飾られています。両脇には、控の鏡板の画にあわせて、若竹を主位にして、つばきとシャクヤクの花を添えて生けられています。なお、能楽用語に関しては、インターネットアドレス(www.the-noh.com/jp/index/html)を参照さしていただきました。

 社殿には、古流柏葉会家元殿による「彩流華 風の華」が奉納されました。

 

 

つばきを花材に、風が舞い降りてきた様子を生けていただきました。献花式当日はさわやかな風が境内を吹き抜け、生長の季節にふさわしく、また、創建360周年(6回目の還暦の歳)を迎え、新たな旅立ちの当社にふさわしい献花でした。

 

 

 

author:bairinnet, category:祭典・行事, 20:29
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能舞台開きにおける能楽奉納(記念行事その3)

 

 平成29年6月3日(土)午後1時半より、小松能楽会により小松天満宮能舞台において能楽奉納式が斉行されました。当社の能舞台は、小松の能楽愛好家の方々の募金により、明治維新後に金沢に残されていた波吉太夫家の能舞台を移築し、日清戦争後の明治29年10月に能舞台開が行われたものです。昭和十年代の梯川改修工事により西方広場に移築されましたが、平成の河川改修により明治時代に建てられていた故地に戻って再建されました。

 能楽奉納では最初に義本高明氏らによる謡「翁」が奉納され、続いて、土居尚子氏らによる仕舞「老松」と長野 裕氏らによる舞囃子「高砂」が奉納されました。

 能楽奉納に先立ち、小松市長さんと小松市議会議長さんより創建360周年と能舞台開きを祝してご挨拶を頂きました(図1)。謡「翁」の奉納風景が図2に、仕舞「老松」の奉納風景が図3に、舞囃子「高砂」の奉納風景が図4に、また、観賞されている観客各位をあらわすのが図5になります。

 

author:bairinnet, category:祭典・行事, 20:23
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記念講演会と宝物館公開(記念行事その2)

 平成2963日(土)御前10時より1140分まで、小松市立公会堂4階会議室にて、筑波大学教授綿抜豊昭氏による記念講演会が開催されました。

当社初代宮司能順は明暦2(1656)29歳にて小松天満宮宮司に就任し、79歳にて亡くなるまで、50年近くの長きにわたり当社と北野天満宮の両社に奉職して、当時の文化の中心であった京都と加賀小松の文化交流に貢献いたしました。江戸時代連歌の第一人者といわれたこの能順を中心とする人々の業績について、当社宝物をふまえつつ講演していただきました。講演会後の63日午後と66日には、新装なった小松天満宮宝物館において講演に関連する宝物等が一般公開されました。また、授与所では綿抜教授の著書「小松天満宮と能順」の頒布が開始されました。以下の図1から図2は講演会の様子を、図3は多くの方々に来場いただきました宝物館公開で入場をまつ人々の様子です。

 

 

 

author:bairinnet, category:祭典・行事, 20:15
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白梅の植樹式(記念行事その1)

小松天満宮創建360周年を記念して、平成2962日に、稚松校下町内会連合会により、竣工なった宝物館前庭に白梅が献木されました。

 図1、図2は植樹式に参加された小松市長さんと町内会長さん方です。

 

 

図3は白梅を植え込む様子を、図4は植栽された白梅を示しています。

 

 

 

author:bairinnet, category:祭典・行事, 20:09
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